その夜。
互いを互いに天国にいざなう作業に取り組むため、氷河はいつもの通りに、寝台に腰をおろしている瞬の肩に手をのばした。
瞬が軽く身を引き、その手から逃れようとする。
怪訝に思った氷河が瞬の顔を覗き込むと、そこには、どうみてもこの共同作業にあまり乗り気になっていないらしい瞬の、固く引き結ばれた唇があった。

「瞬?」
氷河がその名を呼ぶと、瞬が、半ば俯かせていた顔をあげ氷河を睨みつけてくる。
「僕、今日、さんざん星矢にからかわれたんだから。もう、ああいう冗談言うのはやめてよね」

今日一日、瞬は星矢に一度も名を呼んでもらうことができなかった。
いつもなら『瞬』と言うところを全てすべて『天使様』に置き換えて、星矢は今日一日中 瞬をからかい続けてくれたのである。
『天使様』が『馬鹿』でも『阿呆』でも――否、『馬鹿』や『阿呆』なら容易に、瞬は星矢のからかいを笑ってやり過ごすことができた。
それが『馬鹿』でも『阿呆』でもなかったので――瞬は今日一日、星矢に『天使様』と呼ばれるたびに、幾度も傷付くことになったのである。

「冗談? 俺はいつだって本気だぞ」
氷河は瞬の傷心に気付いていないらしい。
彼は瞬の肩を抱き、その頬に唇を寄せて、全く冗談の色のない口調で瞬に囁いた。

「本気なら、ますますやめて」
「なぜだ」
「なぜ……って、だって僕は氷河が好きなんだよ。氷河に本気でそんなふうに思われてるって意識したら、僕、氷河に嫌われまいとして、氷河のイメージを崩すまいとして、きっと清らかな天使を演じようとする。そんなのは重荷だよ。氷河だって嫌でしょう」
「重荷も何も本当のことだろう」
「…………」

実際のところ瞬には、未だに、氷河が本気でそんなことを言っているのか、あるいはやはり冗談なのかがわかっていなかった。
まさか本気ではないだろうと思いはするのだが、完全に本気ではないにしろ、氷河には本気の部分が皆無でもないような気がして、瞬はそれが怖かったのである。
自分がそんなものでないことは、誰よりも瞬自身が知っていた。

黙り込んでしまった瞬に、氷河がその身体を重ねてくる。
反射的に小さく短い声をあげて、瞬はその重みと愛撫とを、いつもの通りに受けとめた。
そして瞬は、氷河の下で、“清らかな天使”にはそぐわないことを、意識して行なった。
自分の上にいる氷河の脚の間に自分の膝を割り込ませて、氷河の性器を刺激する。
両腕を氷河の首と髪に絡め、瞬は氷河に告げた。
「天使はこんなことしないよ」
「俺の天使はするんだ」

氷河は笑って、瞬の挑発に取り合わない。
瞬がそんなことをしなくても、氷河のそれは とっくに頭をもたげていたのだが、彼は、いつになく積極的な瞬の行動を、むしろ喜んでいるようだった。

「毎晩こんなことしてて、清らかも何も――ああ……っ!」
立てられた瞬の右脚の膝に置かれた氷河の手が、そのまま瞬の身体の中心に向かって滑りおりてくる。
同時に、瞬の唇は氷河の唇にふさがれた。
「んっ……」
「したからって、汚れるわけでもないだろう」
しばらく、唇と舌の戯れを楽しんでから、瞬の唇の上でそう言った氷河の唇は、やがて瞬の首筋を辿り、その胸におりていった。

瞬は、結局それ以上 彼に何を言うこともできなかったのである。
氷河をその身の内に受け入れることが自分を汚すことだとは、瞬も考えていなかった。
自分が“汚れた”のは、そんなことのせいではないということが わかっているからこそ、瞬は氷河に反論することができなかったのである。
自分の汚れがどういうものなのか、自分がいつどんなふうに汚れていったのか、本当のことを、瞬は言葉にしてしまいたくなかった。
その勇気もない。

もっとも、瞬にその勇気を持つことができたとしても、結局瞬は氷河に何を言うこともできなかっただろう――その場では。
氷河の愛撫はいよいよ瞬の身体の内部に及ぼうとしていた。
瞬は氷河にしがみつき、彼が瞬の中に送り込んでくる快楽の波に耐えるだけで精一杯だった。






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