「で……でも、僕が氷河の恋人の振りをして、それでどうなるの。絵梨衣さんに誤解されたら、ますます氷河の立場が悪くなっちゃうだけでしょう?」 今 ここで泣き出すわけにはいかない。 絶対にそれだけはしてはならない。 瞬は懸命に自分を励まして、氷河に尋ねた。――それでも声は震えたが。 「そこはそれ、つまりだ」 氷河が、腰掛けていたソファから身を乗り出すようにして、自らの計画を瞬に語り始める。 その突拍子もない計画の内容に、瞬は今は 呆れ驚く気力さえ湧いてこなかった。 氷河が意気込んで語った彼の計画とは、つまりこういうことだった。 現在の彼女はとてもプライドが高い。 だから、彼女が氷河を振ることには全く問題がない。 だが、彼女の方が氷河に振られるとなると、話は別である。 プライドの高い彼女は、そんなことは許し難く思い、瞬の手から氷河を取り戻そうとするに違いない。 そして、自分が見切りをつけようとしていた男への気持ちを再認識することになるだろう――。 「そ……そんなにうまくいくのかな……?」 氷河の計画を断念させようというのではなく――本心から彼の計画に疑念を抱いて、瞬は呟いた。 瞬の知っている絵梨衣は、芯に強いところはありそうだったが、それでもやはり、あまりでしゃばることはなく母性に似た優しさと寛大さを持った少女だったのである。 そして、それ以前に――。 「でも、どうして僕に……? 僕は男だよ?」 まさかその事実を忘れているはずはないだろうと思いつつ、瞬は一応氷河に確認を入れた。 その事実を瞬はいつも意識していた。 当然のことではあるが、瞬は氷河と同性なのだ。 いったい なぜ氷河がこんな不自然な計画を思いついたのか、瞬にはまるで合点がいかなかった。 が、氷河のその計画は、計画者にとっては必然性と確実性に満ち、かつ成功の公算の高いものだったらしい。 その上、彼には彼の都合というものがあった。 「女にこんなことを頼んだら、本当に浮気になってしまうじゃないか!」 そんなこともわからないのかと言わんばかりの口調で、氷河がきっぱりと言う。 瞬は返す言葉を見つけられなかった。 氷河は絵梨衣が本当に好きなのだろう。 こんな残酷なことを仲間に頼んでしまえるほどに。 そして、氷河の仲間なら、氷河の恋の成就のために尽力するのは当然のことである。 義務のように、それは当然のことだった。 「うん……いいよ。他ならぬ氷河のためだし、僕でいいのなら……」 抑揚のない口調の瞬の返答を聞いて、氷河はぱっと明るく顔を輝かせた。 そして言った。 「悪いな、瞬! 愛してるぞ!」 いつもの戯れ言が切なくて、瞬は、勝手に潤んでくる瞳を隠すために、不自然にならないようにゆっくりと、その瞼を伏せたのである。 意識すまいと思うほどに意識して――瞬は氷河が好きだった。 そして何の根拠があるわけでもないのに、瞬は自分が氷河に少し特別に好かれているとも思っていたのである。 (そんなはずないのにね……) 自分の中にあった無意識のうちの うぬぼれを、瞬は自嘲した。 |