レゴブロックのような形をした茶色の無人格キャラが、どこからか わらわらと湧いて出て、ピンクのちま瞬を蹴ったり殴ったりする――したらしい。
なにしろ極端に単純化され記号化されたブロック人形のすることであるから、それは単に、人形たちがもつれ合って遊んでいるだけのようにも見えた。
が、その遊戯によって ちま瞬はかなりのダメージを受けたらしく、茶色のちま敵がいずこかに立ち去ると、画面下欄に、
【 ちま瞬:ダメージ90 瀕死の状態です 】
という説明文が表示された。

瀕死の状態に陥ったちま瞬が、自分はもう助からないと自覚するところから、そのシステムの進行はエージェントの意思に委ねられる仕組みになっているらしい。
ちま瞬に与えられた目的は、『自分の死によって、ちま氷河の中に憎しみを生じさせないこと』。
目的としてそれをインプットしなくても、ちま瞬は自身の基礎データでそれはわかっているようだった。

「さあ、どう動くかしらね」
沙織がコントロールパネルの横にある椅子に腰をおろす。
それが合図だったかのように、ちま瞬は彼の行動を開始した。

『僕はもう助からない。僕が死んだら ちま氷河はどうするだろう』
と、ちま瞬が言う。
音声は、どうやって作ったものか、瞬当人のものに酷似していた。
ピンクのちまい3頭身の身体に、本人の声。

ここまで凝るのなら、なぜエージェントキャラの姿だけをリアルなものにしなかったのかと、その場にいる青銅聖闘士たちは思ったのである。
そんなギャラリーの思惑を無視して(当然である)、スクリーンの中のちま瞬はよろよろと立ちあがった。
『僕はちま氷河のところに行かなくちゃ』

問題のちま氷河は、画面左端に、やはり ちんまりと立っている。
ちま瞬がちまちまと画面左端にいるちま氷河の方に移動するに従って、場面自体もスライドし、ちま瞬がちま氷河の前に至った時、二人は画面の中央にいた。

『ちま氷河。僕はもうすぐ死ぬんだ』
『ちま瞬! いったい誰がおまえにこんなことを……。俺が仇を討ってやる!』
『そんなこと考えちゃだめだよ、ちま氷河。僕が死ぬのは誰のせいでもない。僕を殺すのは僕自身だから』
『ちま瞬 !? 』

ちま氷河の驚愕の声は、その語尾が悲鳴じみていた。
なかなかの演技派であるらしい ちま氷河の声がコンピュータールームに響くと同時に、突然、その場にちま瞬が倒れる。
が、なにしろ ちま瞬の姿は3頭身のブロック人形、いったい何が起こったのか、ちまくない人間たちには皆目わからなかったのである。

ちまくない青銅聖闘士たちの疑念に答えるように、画面下部に文字の説明が表示される。
それは、
【 ちま瞬は、自分の心臓を自分の拳で打ちました 】
――というものだった。

「なに……?」
状況が理解できずにいる ちまくない氷河に、ちま瞬の小さな声。
『僕を殺すのは僕自身だよ。だから、ちま氷河は誰かを憎んだりしなくていいんだ』
『ちま瞬……』
その名を口にしたのがちまい氷河だったのか、ちまくない氷河だったのか、それは星矢にも紫龍にも聞き分けることができなかった。

いずれにしても、瞬の人格・価値観を写したスクリーンの中のちまい瞬は、自らの命を自らの手で絶つことをしたのである。
ちま瞬を殺したのはちま瞬。
ちま氷河は、彼からちま瞬を奪ったちま瞬を憎めない。
無論、復讐もできない。
それが“瞬”の考えた憎しみを生まない方法だったのだ。

『これは自殺なんかじゃないよ。僕がこんなふうに死ぬことで、ちま氷河が幸せに――少なくとも誰かを憎んだり復讐を考えたりするよりはいい人生を送れるように、僕はその希望のために死んでいくんだ。ちま氷河、そういうふうに生きてね』
これは生の極限としての死なのだと、3頭身のちま瞬はちま氷河に告げた。

ちま瞬の持つ力の値が画面下部に表示される。
【 生のポテンシャル、エネルギー最大 】
【 死のポテンシャル、エネルギー最大 】

やがてその文字が消え、代わって、冷静極まりなく事実だけを伝える文章が画面に表示された。
【 ちま瞬、絶命しました 】
【 ちま氷河の憎悪:ゼロ。生命エネルギー:マイナス50。死のポテンシャル:プラス30 】
BGMなし。効果音もなし。
その事実だけを、スクリーンは映し出していた。

肉体的ダメージはゼロであるにも関わらず、ちま瞬の死を目撃することになった ちま氷河は何を考えることもできず、ただ呆然としている。
そして、ちま氷河の憎悪はゼロ。
ちま瞬は、与えられた指示を見事に完遂してのけたのだった。






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