どういうことが行なわれるのかは、ぼんやりとではあったがわかっていた。
それが遊園地に遊びに行く時のように単純に楽しみにしていられるようなことではないことも、氷河が おそらくそれを強く望んでいることも。
瞬は、だから、不安でたまらない自分自身を懸命に励まして入浴を済ませ、着衣をどうすべきなのかを少し悩んでからパジャマを身に着け、自室の隣りにある氷河の部屋に向かったのである。

氷河はどこから調達してきたのか、寝台に腰をおろして瞬の分の枕にカバーをかけているところだった。
妙に現実感のあることをしている氷河に、瞬は一瞬息を飲むことになったのである。
その場に棒立ちになっている瞬に気付いて顔をあげた氷河が、不自然なほど自然に さりげなく瞬に尋ねてくる。
「俺はいつも裸で寝るんだが、構わないか」
「う……うん……」
これから何が行なわれるのかを考えれば、それは無意味な確認だった。
瞬は、しかし、それを無意味なことと思うこともできないほど緊張していたのである。

そうこうしているうちに氷河はその言葉通りに本当に裸になって、瞬が目のやり場に困ってる間に彼のベッドの中に入ってしまった。
どうすればいいのかがわからないままドアの前に立っていた瞬に、
「ほら、ここ」
と言って、セミダブルのベッドの左側に半分空けられている場所を指し示す。
瞬は、恐る恐る氷河に指示された場所に移動し、意を決してそこにおのが身を横たえた。

途端に、穏やかな笑みを浮かべていた氷河が瞬に身体を重ね、瞬の身体を抱きしめてくる。
「一度、こうしてみたかったんだ」
やはり どちらかといえば落ち着いた口調で、氷河が瞬の耳許で囁く。
氷河にそう告げられた瞬の心臓は、破裂しそうな勢いで鼓動を打ち始めた。
どう考えても、鼓動の振動は氷河の胸に伝わっている。
しかし、それは瞬自身の意思で静められるものではなかった。

「なんでこんななんだ?」
パジャマの上から瞬の胸に手を当てて、氷河が訪ねてくる。
瞬は、自分は氷河にからかわれているのだと思ったのだが、今の瞬には、彼の軽い調子の言葉を責める余裕もなかった。

「こ……こういうの、初めてだから」
「誰かと寝たことはないのか」
「な……ないよ」
「そうか。だが、そんなに緊張するな。おそらく――これは素晴らしく気持ちのいいことだぞ」
氷河の予見は確信に満ちている。
その自信はどこから来るのかと問い返すだけの機転も勇気も、今の瞬は持ち合わせていなかった。

ふいに、瞬の上から、氷河の身体の重みが消える。
「寝にくかったら言え」
「う……ん……」
いよいよそれが始まるのだと思って、瞬は堅く目を閉じた。
氷河の左の腕が瞬の首の後ろに差し込まれ、軽く頭部を持ち上げられた状態でキスをされ、やがて瞬の唇から氷河の唇が離れる。
堅く目を閉じたまま、瞬はただひたすら自分の心臓の激しい動きだけを意識していた。
次に何が起こるのか予測することもできない瞬には、他にできることもなかったのだ。

が、次の“何か”は、なかなか瞬の上に降ってこなかった。
緊張と不安のために自分の意識や感覚が尋常の冷静さと判断力を欠いていることはわかっていたが、その事実を考慮して考えても長すぎる空白の時間――おそらく10分以上。
いったい なぜ何も起こらないのかと、むしろその疑念のために増した不安が、瞬の閉じていた瞼を開かせた。

「氷河……?」
目を開け、顔を巡らせて自分の右隣りを見る。
そこには目を閉じた氷河の横顔があった。
長い睫と、まっすぐな鼻梁、常の日本人とは微妙に異なる額の線と顎の線が、比率を計算して作られた彫像のように見事な横顔を作り出している。

「ん? ああ、『おやすみ』を言っていなかったか?」
いつのまにか室内灯は消され、枕元の小さなライトだけが互いの姿を確かめられる唯一の頼りになっていた。
氷河はまだ完全には眠っていなかったらしい。
瞬の声と身じろぎに気付いた氷河が、低い声で瞬に尋ねてきた。

「う……うん……」
「じゃあ、おやすみ」
「…………」
氷河はそう言って、再び瞼を閉じた。

そうして瞬は、今日最後の、そして最大の困惑に襲われ、眠るどころではなくなってしまったのである。






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