Holy Light






「神の子の托身たくしん受肉じゅにくとしてのイエスは、自らは罪なきまま、罪人としての全人類を神に融和させて、人類の救いを成就する犠牲の死を遂げたんだ」
城戸邸のラウンジに、無理に怒りを抑えたような氷河の低い声が響いたのは、クリスマスの3日前。世間ではクリスマスケーキの予約もとうに締め切られた、ある夜のことだった。

特定の誰かに向かって――というよりは、自らの怒りを、それこそ天にまします神に訴えているような口振りの氷河に、星矢が顔を歪めつつ尋ねる。
「俺、小難しいことはわかんねーんだけど、そのタクアンとかジンギスカンとかって、どういう意味だよ?」
「タクアンじゃない、タクシンだ。肉体を得ること。受肉も同じ」
「ふーん?」
氷河の説明に頷きはしたが、やはり意味はわからない。
というより、星矢には、氷河が突然そんな演説を始めた訳が そもそもわかっていなかった。
星矢にわかっているのはただ、氷河がとにかく怒り狂っているということだけだったのだ。

「で、それがどうかしたのか?」
「クリスマスは、そのイエスの生誕を祝う日だ」
「それはわかる」
「それとは別にだ。瞬も、言ってみれば神の托身・受肉だ。地上の馬鹿者共を救うため、一度はその命を捨てようとさえした。であるにも関わらず、瞬はイエスと違って死ぬことはなかった」

「人類も2000年前に比べれば、成長しているのかもしれないな」
紫龍がしみじみした様子で言い、頷く。
その発言を軽く無視して、氷河は彼の演説を続けた。
その演説の内容は、無宗教多宗教をむねとする日本人でさえ、これ以上過激な主張はあるまいと呆れ驚くような代物だった。
氷河は、
「瞬はイエスと同じことをし、しかも、それを生きたまま成し遂げた。つまり、瞬はイエスより偉大な存在なんだ」
と、きっぱり断言してのけたのだ。

この場にクリスチャンがいなくてよかったと、心底から紫龍は思ったのである。
否、いることはいたのだが、なにしろこの場にただ一人存在するキリスト教信者が、その暴言の主なのだから、これはもう紫龍でなくても呆れるしかない事態だった。

なにより、ギリシャの神々とユダヤ教の流れを組む神とを同列に扱うこと自体が根本的に間違っている。
ギリシャの神々への信仰は基本的には自然に神格を与えた多神教、一神教であるキリスト教とでは、“神”という存在の重さが違うのだ。
確かにキリスト教は、ギリシャの神々への信仰に比べれば、たかだか2000年程度の歴史しか持たないぽっと出の新興宗教にすぎない。
が、それにしても、氷河の見解は過激に過ぎた。
そして、危険だった。

もっとも、そのあたりは氷河も自覚しているようだったので、とりあえず非キリスト教徒である紫龍は、その点についてはクレームをつけなかった。
氷河の発言を非難する代わりに、氷河の行動を非難する。
「そのイエスより偉大な存在に不埒な真似をしているおまえは、2000年に一人出るか出ないかの大悪党ということだな。さしずめ、悪魔か偽預言者と言ったところか」

紫龍の非難は至極真っ当で、常識的なものだった。
キリスト教徒でない星矢でさえ、そう思った。
しかし、氷河は、紫龍の非難も華麗に無視してのけた。
なにしろ、イエスの偉大さのレベルに関する見解などは、彼のこの演説の単なる前振りにすぎず、彼の言いたいことは他にあったのだ。

「その瞬が、なぜイエスごとき小物の誕生祝いのために 教会の大掃除の手伝いに行ったりしなければならないんだ !? あまつさえ、イブには、暖房設備もないようなボロい教会の寒い礼拝堂でのミサに出て、くそくだらん説教を聞いてくるだと !? 俺はイブには一晩中 瞬を拝んでいるつもりだったのに!」

そのことこそが、氷河の演説の本題。
それこそが、氷河が天の神にも訴えたい大いなる義憤だったのである。






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