たとえ自身が殺されかけても“人を信じる心を失わない”瞬が、職を求める人間の保証人として、どれほど信用がおけるものかは誰にもわからないことだろう。
沙織が瞬の求めに応じてカロンに職の口を紹介した本当の理由は、であるから、彼女が求職者自身を信用したからではなく、彼の保証人としての瞬を信用したからでもなく、瞬個人への信頼ゆえだったろう。
ともあれ、そういう経緯を経て、グラード財団総帥の口利きで、カロンの再就職活動は華々しく始まったのである。
――が。


「面接官のくそったれは、職歴の空白期間が長すぎるのが問題になったとか言ってやがったが、どうせ、そんなのは表向きの理由に違いねぇ。はっきり俺の人相が気に入らねぇと言いやがれってんだ!」
再就職活動初日、某博物館警備員の就職面接に勇んで出掛けていったカロンは、口から飛び出てくる言葉の荒さは以前と変わらなかったが、明白に落胆した様子で、瞬に面接の結果を知らせてきた。

確かにカロンの履歴書の職歴欄には長い空白期間があった。
『冥界のアケローン河で冥闘士として勤勉に働いていました』とは、カロンもさすがに記載できなかったのである。
そして、警備員という職は、公務員・銀行員並みに人間的信用が重視される職種ではあるだろう。
が、それは表向きの理由にすぎないとカロンは確信しているようだった。
言葉ではなく表情で、カロンは面接官に何か そうとれるようなことを示されたのかもしれない。
だが、そうなのだとしたら、むしろそんな職場に勤めずに済んだことはカロンにとっては幸いではないか。
瞬は、この失敗を糊塗するための詭弁や屁理屈ではなく、本心から素直にそう思った。

「次がありますよ。沙織さんは両手の指じゃ足りないくらいの企業パンフを持ってきてくれましたから」
瞬の慰めに、カロンがひどく情けなさそうな顔になる。
彼はちらりと上目使いに瞬の表情を窺うと、すぐに悔しそうに唇を噛んで、視線を脇に逸らしてしまった。
「俺様もてめぇくらい――いや、貴様くらい人好きする顔だったら、一発採用されていたに違いねぇのに」

わざわざ言い直しても、その言葉使いは 今ひとつ丁寧とは言い難い。
かてて加えて、彼の一人称は『俺様』である。
面談の際に問題なのは、彼の場合、その面体より言葉使いなのではないかと、瞬たちの脇でカロンの失敗報告を聞いていた星矢と氷河は胸中ひそかに思った。
それでなくても落ち込んでいる かつての敵に更に追い討ちをかけることになるような気がして、彼等はその考えを言葉にすることはしなかったが。

「そんなことないですよ。この顔は結構不便で……あまり いいことはないんです」
「敵には侮られるし、痴漢は寄ってくるし、男にナンパはされるしで、瞬も苦労してるよなー」
星矢は、どちらかといえばカロンを励ますために 瞬の顔の不都合を並べ立てたのだが、残念ながらそれはあまり有効な励ましにはならなかったらしい。
カロンは、落胆の色を隠しきれない様子で、瞬たちに反論してきた。
「だが、てめぇに、その目でじっと見詰められて何か頼まれたら、断れる奴はいないだろう」
「そんなことはないと思いますけど……」

僅かに戸惑いながら そう言って、瞬はカロンをじっと見詰めた。
それからにっこりと、彼に向かって微笑む。
「今回のことは残念でしたけど、1度や2度の失敗で挫けたりしないでくださいね」
「お……おうっ!」

少なくともカロンは、瞬の“お願い”に陥落するタイプの男らしい。
彼は瞬の微笑に頬を緩め、存外簡単に立ち直ってくれたのだった。






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