春の庭では、木々の新緑の中、咲き集う花の上で、暖かい陽光が軽やかに跳ね、踊っていた。
日本では太陽光は無限のエネルギーと思われているが、北国ではそれは最も限りある資源の一つである。
だが、夏になると日本のそれは氷河には強烈すぎるらしく、彼がその有限な資源を体内に取り込もうとするのは 春という季節に限られていた。
だから俺は春が好きなのだと、夕べ氷河は瞬に言った。
まるで、彼が今抱きしめているものが春という季節そのものであるかのような目をして。

そんな春の陽光に包まれた城戸邸の庭に、氷河はいた。
木製のベンチに腰をおろし、ほんの数年前には幾人もの子供たちが駆け回っていた場所を ぼんやりと眺めながら。
「氷河、あの……」
かなり長い間ためらってから、瞬は彼に声をかけたのである。
瞬がその場に数分以上無言で立っていたことに、氷河は気付いていたのだろう。
彼は、瞬の方を振り返りもせずに尋ねてきた。
「何か用か」
「え?」

氷河が瞬に告げた言葉は、ある意味では実に自然で当然の質問だった。
だが、瞬は、自分が氷河にそんなことを尋ねられるとは思ってもいなかったのである。
自分が“用がなければ氷河の側に近付かないもの”として彼に認識されていることが、瞬にはありえないことだったのだ――昨日までならともかく、今日という日には。

少々気後れしつつ、瞬は、氷河が腰掛けているベンチの空いている空間に腰をおろした。
しばしの沈黙のあとに、意を決して口を開く。
「あの、夕べは――」
「夕べ? ああ、春だっていうのに、随分冷える夜だったな」
「……」

氷河は別におかしなことは言っていない。
それは、他愛のない雑談としては、ごく普通の、ありふれた話題だった。
氷河が口にするにしては普通すぎるほどに普通の。
昨日話しても今日話しても、おそらく明日話しても不自然にならないほどに通り一遍で、普遍的でさえある時候の話題。
しかし、そのありふれた言葉は瞬をひどく傷付けるものだった。――今日だけは。

「なんでもない」
これ以上 氷河と言葉を交わす勇気を持てない。
瞬は腰をおろしたばかりのベンチから立ち上がり、一瞬間だけ泣きそうな目を氷河に向けて、無言で邸内に戻った。






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