「おまえねー、筒抜けなんだよ、筒抜け!」 シュンの艶かしい声は、一晩中 止むことがなかった。 当然セイヤは一晩中起きている羽目になった。 なにしろ それは、無視しようと意識するほどに明瞭に聞こえてくる類の音だったのである。 「おかげで俺は、夕べ一睡もできなかったんだぞ! これから半日 馬に乗ってなきゃならねーのに、この目、どーしてくれんだよ!」 真っ赤に充血した目を指差して、セイヤは、暖かい春の朝の中に大きな怒声を響かせた。 セイヤとは反対隣りの部屋で夜を過ごしたシリュウは、既に馬上の人になり、無言で目を閉じている。 その目を余人に見られたくないから――というわけでもなかったろうが、シリュウはこの国の長老たちが願い出た今朝の出立の見送りを固辞していた。 「シュンが俺になら何をされてもいいと言ってくれたから、生きていることがどれほど素晴らしいか、とにかく急いでシュンに教えてやろうと頑張ったんだ」 「へー。で? 頑張った成果はあったのか?」 「と思うぞ」 疲れきった様子で尋ねたセイヤに、自信満々のヒョウガの答えが返ってくる。 ヒョウガの視線の先で、シュンは頬を桜色に染め、恥ずかしそうに瞼を伏せた。 「ヒョウガと一緒にいられるのなら、生きてることは素晴らしいことに違いないと、僕……あの……思います……」 「そりゃ結構なことで」 これ以上ないほど見事かつ明白な成果に、セイヤは呆れて愛馬の腹にもたれかかった。 シリュウが片目だけを開けて、馬に乗ったことがないというシュンを横座りに自分の馬に乗せてやっているヒョウガの嬉しそうな顔を見やりながら、セイヤをなだめる。 「まあ、いいじゃないか。今のシュンは生気に輝いている」 その言葉には、セイヤも頷くしかなかった。 風に吹かれるまま静かに野に咲いている花のようだったシュンが、今は確かに感情と希望を持った人間の姿をしているように見える。 そして、それはとても良い変化であるように、セイヤには思われた。 真っ赤な目をしたセイヤが、最後に勢いをつけて馬に飛び乗る。 「んじゃ行くかー」 少々ヤケ気味のセイヤの声を合図に、彼等は城の外に向かって開け放たれた城門に向かうよう、彼等の馬を促した。 王宮の窓のあちこちで、シリュウに見送りを断られたシュンの国の者たちが、一向の出立を見詰めている。 彼等が見守っているのは、一度は国のためにその身を捨てようとした この国のかつての王子なのか、あるいは彼等の未来の国王なのか、それはシュンにもヒョウガにもわからなかった。 ともあれ、生きることの素晴らしさを嫌というほどヒョウガに教え込まれたシュンは、ヒョウガの名と共に『永遠にあなたのもの』と刻まれた胸飾りだけを持って、新しい命を生きるために、生まれて初めて“世界”という場所に向かったのである。 Fin.
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