「普通、譲らないだろう。少なくとも3度目は」
瞬が謝意を求めて、そんなことをしたのではないことはわかっている。
それでも氷河は、瞬に席を譲られた者たちの無礼に腹が立ってならなかった。
そして、それ以上に、そんな輩に席を譲ることを繰り返した瞬に対して、苛立ちを覚えていたのである。

「瞬らしいよなー」
氷河の今日の散歩の経緯説明を受けた星矢が、ひどく納得したような顔で頷く。
「で、瞬が怒らない分、おまえが怒っているわけだ」
紫龍はといえば、憤懣やるかたなしといった形相の氷河に、半ば以上呆れた苦笑を洩らしていた。
「まあ、そう言うおまえだって、誰が感謝してくれるわけでもないのに、敵さんと闘い続けてるじゃないか。似たようなもんなんじゃねーの?」
「全く違う!」
言下に、氷河は星矢の意見を否定した。

闘いは、そもそも闘わないと、自分のいる世界と自分自身の存在が失われかねないものである。
闘いは、自分のため、自分の大切なものを失わないために必要な行為なのであって、電車で席を譲るような行為とは訳が違うのだ。
無礼な人間に瞬が席を譲らなくても、世界に変化は生じない。

結局、瞬の“一人になりたい理由”を解明することができなかったせいもあって、長い散歩から帰ってきた氷河の機嫌は最悪なものになっていた。






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