「あの嬢ちゃん、何者だ」
マネージャーも店のホストたちも、思いがけないこの顛末に あっけにとられてしまっていた。
「い……いったい何がどうなったの」
酔っ払いの標的だった女社長も、驚嘆の表情でテーブルの上に身を乗り出してくる。
「自分の足許が危ないことに気付いて、お帰りになったんだと思いますけど……」
「強いのね、瞬ちゃん」
「え? いえ、僕は――」

実を言うと、瞬は、人様にそういう評価を受けたことが これまでただの一度もなかった。
こんなことで『強い』と言われたことに、むしろ瞬は当惑し、僅かに瞼を伏せたのである。
その“奥ゆかしさ”が、女社長には大いに受けた・・・らしい。
強く、綺麗な外見を有し、その上 控えめ。
自我の強いキャリアウーマンには、これ以上好ましいペットはなかったのだ。
「私、これからずっと瞬ちゃんを指名するわ。マネージャーにはミルクを正式なメニューに入れるように頼んでおく」
彼女は、ひどくご満悦のていで、瞬にそう宣言した。


「酒は飲めなくてもイケるかもしれないな」
すっかり瞬を気に入ったらしい女社長がミルクの注がれたグラスを瞬に手渡している様を見やりながら、マネージャーが低く呟く。
優男しかいないこの店で、瞬は用心棒としての役目も果たしてくれそうだと、彼は頭の中で素早い計算をしていた。

「ミルクの請求はどうしますか」
「1本10万でつけとけ」
「そこのコンビニで250円で買ってきたやつですよ?」
「素晴らしい利益率だな」
人材派遣会社の女社長以上に、マネージャーは、この思いがけない掘り出し物に満悦のていだった。

新人をからかい終えたらすぐに場馴れたホストを指名するのが常の女社長は、その夜 瞬をずっと自分の側に置いて放そうとしなかった。
帰り際には、
「あの酔っ払い親父と瞬ちゃんの言葉で初心を思い出したわ。私、女性の味方になろうって思って、今の会社を立ち上げたの。忘れていたわ」
と言い残し、実に晴れ晴れとした表情で店を出ていったのである。

女性というものには、自分の気に入ったものを他の人間にも認めさせたいという心が備わっているらしく、彼女は彼女の知り合い――地位と金のある やり手の個人起業家たちである――に、熱心に瞬の宣伝をしてくれた。
彼女以外にも、その夜“サンクチュアリ”に居合わせた客たちは皆、当然のごとく瞬に関心を抱くことになった。
そういう経緯で、瞬は翌日から、店にやってくる女性客たちに怒涛の指名を受けることになったのである。

瞬に客を奪われたホストたちも、腕では到底瞬に太刀打ちできないことは自覚していたので、人気商売につきものの嫌がらせ等のことも店内では起こらなかった。
その上、子供のような顔をしたこの新入りには、あり得ないほど高価なスーツをとっかえひっかえして仕事につくという得体の知れなさもあった。
何より、基本的に控えめで他人を立てることを知っている瞬は、人に妬ましさを抱かせるタイプの人間ではなかったのである。






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