瞬がホストクラブ“サンクチュアリ”を解雇されたのは、瞬が“サンクチュアリ”に勤め始めて3ヶ月が過ぎた頃だった。
瞬を指名しての人生相談ばかりが増え、ホストクラブとしての店のシステムが成り立たなくなってきたこと、瞬の名が売れすぎて、その年齢が問題になりかねないこと――が、その解雇理由だった。
申し訳なさそうに瞬に解雇の通告を伝えにきたマネージャーは、瞬の自宅ということになっている城戸邸の客間で、しばし呆然とすることになったのである。

「まさか、こんなところのお坊ちゃんだったとはね」
「瞬はお坊ちゃんじゃない。俺も瞬も親を亡くして、ここに引き取られただけだ」
「……では、癒しを求めてウチの店に来ている客たちの方が、実は瞬よりも恵まれているわけか」
瞬と共に客人の対応に出た氷河は、実は、自分たちが恵まれていないとは思ったことがなかったので、彼の言葉に反論しようとしたのである。
だが、すぐに思い直して、氷河はそうすることをやめた。
あの、自ら孤独と不幸を求めているようだった女性客たちも、ほんの少し考え方を変えさえすれば、確かに恵まれた者たちではあるのだ。

「まあ、いい勉強になった。女性は、見てくれのいい男にちやほやされることを求めてウチのような店に来るのだと思っていたんだが、彼女たちが本当に求めているのは、親身になってくれる一人の人間で――上手いことを言える男なんかじゃなく 家族や友人なんだな。せめて、その代わりができるようにウチの奴等を教育し直してみる」
「そんなことをしても、金儲けにはならないぞ」
殊勝なことを言うマネージャーに、氷河が皮肉をあびせかける。

本来はそれほど夢見がちな男ではないのだろうが、彼は、氷河の皮肉に、
「金は あとからついてくる」
と答えてきた。
それから、つけたしのように、
「――と思うことにする」
と続ける。

瞬の“綺麗事”は、彼が生活のために働いていたわけではなかったからこそ実現できた綺麗事だということは、“サンクチュアリ”のマネージャーも理解していただろう。
実際ホストでいる時の瞬は、自分の目の前にいる客のことは心から気遣っていただろうが、店の経営のことは全く考えていなかったはずである。
「だが、理想を現実に近付けるために努力することが、私の仕事だから」
そう言って、瞬に初めての仕事を斡旋してくれた男は、彼の仕事場に帰っていったのだった。






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