星矢の“ごろごろ”も、紫龍の沈黙も、恋し合う二人には無関係であり、無意味であり、無益である。 人間が生きている時間には限りがあることを知っていた氷河は、どうせなら その時間を有意義で有益で楽しいことに使いたかった。 「瞬。そんな芋虫は放っておけ。今日は校外実習だ。映画を見に行くぞ。G座のミニシアターにいい映画が来ているんだ。それを観たら、レポート提出」 床を転がる星矢を跨いで瞬の側に歩み寄り、氷河は彼の有意義で楽しい授業の仕上げ作業に取り掛かった。 「『誰が為に鐘は鳴る』?」 「いや、エリア・カザンの『草原の輝き』だ。セックスを禁じられたせいで破滅したカップルの話だぞ」 「え……そんなのかわいそう……。あんな素敵なこと、誰が禁じたりしたの」 半月前と全く違うことを言っている自分自身に、瞬は気付いていないらしい。 氷河は、無論、そんなことを指摘するような野暮を犯したりはしなかった。 瞬の肩を抱き寄せて、柔軟な思考を持つ彼の恋人に、氷河はただ笑みを向けた。 「それは見てからの楽しみというやつだ」 「そんなかわいそうな映画、僕、楽しめないよ」 瞬は、そんなことを言いながら、氷河に促されるまま、嬉しそうに彼についていく。 瞬の目には、相変わらず床を転がっている星矢の姿は 既に映っていないようだった。 “あんな素敵なこと”をしてくれる男の姿しか、今の瞬の目には見えていない。 「氷河の根気勝ちと言うところか」 幸せな二人の姿が室内から消え去ると、紫龍は虚空に向かって、そう一人ごちたのである。 意味があるから、人は行動するのか。 あるいは、行動するからこそ、そこに意味が生まれるのか。 いずれにしても、一つの行為行動に意味を見い出すのは、人の意思であり主観である。 まず最初に心が動くことで始まる恋という現象には、意味も行為も一歩遅れてついていくことしかできないに違いない。 その距離が離れすぎると悲劇が生まれることもあるのだろうが、氷河はその方面に関して(だけ)は、判断力にも計画性にも行動力にも長けている男のようだった。 なにしろ彼には、『瞬と幸福になる』という、これ以上ないほど明確な目的 かつ 夢があるのだ。 「星矢。おまえの悶絶の原因はいなくなったぞ」 明確な目的も持たぬまま軽率な行動に出たせいで 床をごろごろ転がる羽目になってしまった星矢に、紫龍は一つ大きな嘆息を洩らしてから、声をかけた。 Fin.
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