瞬は、自分が調子に乗って氷河にものをねだりすぎたことを後悔していた。 氷河は西戎の国からやってきた侵略者たちとは違っていた。 彼がこの城で享楽に耽ることをせず、国の民の生活の向上のために努め始めてくれたことが嬉しくて、訊かれてもいないことを、瞬は彼に喋りすぎたのだ。 だが、それもこれまで。 瞬がよりにもよって痴呆の振りをし一国の王を欺いていた事実は、おそらく氷河に、華胥の国の最後の王族の処刑を決意させたに違いなかった。 だから瞬は考えたのである。 失意に打ちひしがれている暇はない。 自分が生き延びるための方策を求めて、瞬はいつものように素早く自身の知恵を巡らせ始めたのである。 現在の予言者としての影響力を駆使して、最後の抵抗を試みることはできるだろう。 氷河の家臣に使えそうな者はいないか、ほどほどに賢く野心と力がある者はいなかったかと、ここ半月ほどの記憶のすべてを掘り起こし、瞬は幾人もの氷河の部下たちの顔を思い浮かべた。 だが、結論を出す前に、瞬はその作業を中断したのである。 北狄の者たちは、今はこの城の瀟洒に度肝を抜かれ浮かれてはいるが、基本的に自由を愛し、肉体的・技術的な強さに価値を置く男たちだった。 伝統ある国の支配者になることより、仲間内で強さを認められることにこそ誇りを覚える素朴な者たちなのだ。 陰謀術数や裏切りには向いていない。 華胥の国にやってきた北狄の男たちの中で最もそういったことに向いているのは、今 瞬を処刑しようとしている氷河その人だった。 何より、氷河以外の何者かに白羽の矢を立てたところで、その者は氷河ほど積極的にこの国の建て直しに取り組んでくれるかどうか――。 その希望はあまりないように、瞬には思われた。 そして、そうまでして自分が生き延びることに、どういう意味があるのか――と、瞬は思ったのである。 長い間、白痴の振りをし、偽りの人生を送ってきた。 復讐を生きる糧にしようにも、瞬から家族と国を奪った男は既に10年も前に その臣下に殺されている。 瞬の生きる目的は、とうの昔に失われていたのだ。 唯一の悲願だった華胥の国の復興も――それは氷河が行なってくれるに違いない――。 瞬は、考えることをやめた。 そして、生きることを諦めた。 |