そこには、怒りを通り越して表情をなくしたような顔をした氷河が立っていた。
瞬は、彼の凍気にも似た冷ややかさに全身に硬直させ、それから自らの全小宇宙を燃焼し尽くすほどの力を総動員して、どうにか身体の自由を取り戻した。
瞬の唇がぎこちなく動き、あまり自然とは言い難い その場逃れを口にする。
「あ、今日の朝ごはん、目玉焼きの目玉が二つあったよねー……って」

『誰が目玉焼きの話をしていただと !? 』と、声には出さずに瞬に突っ込みを入れたのは、氷河ではなく星矢だった。
今 このチャンスを逃す手はないと考えたのも、瞬ではなく星矢だった。
彼は、氷河の氷のような視線に臆する様子も見せず、堂々と言い放ったのである。
「おまえの独占欲が強い話」
「星矢……!」

瞬が、おそらくは氷河の反応を恐れて、再び硬直した身体を縮こませる。
しかし、星矢には氷河を恐れる理由がない。
彼は毅然とした態度で、だが、氷河を恐れる瞬のために直截的にではなく婉曲的に、氷河に探りを入れることをした。
「瞬が、ガキみたいな門限を強要されるほど、自分がおまえに執着される理由がわからないとか言うからさ」
星矢の言葉を聞いた氷河が、横目でちらりと瞬を見る。
びくりと肩を震わせてから、身の置きどころをなくしたように、瞬はますます身体を小さくした。

「理由は色々あるが」
氷河は、だが、この場での話題がそういうものになった経緯を追求するようなことはせずに、星矢に問われたことだけに答えを返してきた。
「あっちの方がいいからだな」
「へっ……?」
『あっちの方』が『どっちの方』なのか、星矢は素でわからなかったのである。
そういう言い回しを知らなかったのではなく――星矢は、その質問への氷河の返答の内容によっては、それが氷河の横暴を責めるための端緒になりえると思っていた。
そうなることを期待して想定していた様々な返答のどれとも合致しない答えが 氷河から返ってきたせいで、星矢は虚を衝かれた気分になってしまったのである。

星矢が想定していた氷河からの返答は、『俺が瞬を好きだから』もしくは『瞬を他の誰にも渡したくないから』等の、聞きようによっては美辞にもとれる類のものだった。
そう言われた時に、『好きなら瞬を信じてやれよ』と言い返すことができるような返答を、星矢は氷河に期待していたのである。
ところが氷河は、星矢のそんな期待を裏切って、白々しいほどの真顔で言ってのけたのである。
「なまじな女相手じゃ、あれほどの天国にはご招待いただけない」
――と。

そこまで言われてようやく『あっちの方』が『どっちの方』なのかを理解した星矢は、氷河の恥知らずな発言に顔を真っ赤にした。
その言葉の意味するところに羞恥を覚えたわけではなく、無論、怒りのために、である。
二人だけの秘事を仲間たちに暴露され、羞恥のために頬を染めてしかるべき瞬の頬は、真っ赤になった星矢のそれとは対照的に、ほとんど真っ青だった。
このやりとりで氷河の機嫌が斜めになってしまうのではないかと、それだけを懸念して――もとい、恐れて――瞬の頬は青ざめ、瞬の瞳は怯えていた。

「あの……氷河……。もう、夕べみたいなことにはならないように十分に気をつけるから、もうその話は――」
氷河の顔色を窺いながら、瞬は恐る恐る氷河に言上した。
「その言葉が口先だけのものでなければいいんだがな」
瞬の従順を当然のことと思っているらしい氷河は、瞬の弱気な提案を、顎をしゃくるようにして受け入れた、
そして、
「瞬。馬鹿の相手はほどほどで切り上げろ」
という命令を残して、彼は仲間たちの前から立ち去っていったのである。






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