「あなたが捜している人は……やっぱり恋人なの」
「12年前と言ったろう。俺を幾つだと思っている。俺が捜しているのは、12年前に生き別れになった母親だ」
予想通りの答えが返ってくる。
シュンは、運命を受け入れる覚悟をするために、しばしの間、その両目を閉じた。

「離れ離れになったお母さんを12年間も捜し続けてきたの」
「ああ」
なぜ彼はそんな重大なことを軽く頷くだけで済ませてしまえるのか――・
12年といえば、おそらく彼の人生の半分以上の年月である。
その時間の重さを、彼はどう考えているのか。
シュンは目の奥が熱くなり、ともすれば その瞳からにじみ出てきかねない涙をこらえるために、顔を俯かせた。

初夏の太陽が、海の向こうに姿を隠そうとしている。
夕凪の時間が過ぎ、海に向かう陸風が、浜に立つ二人の人間の髪をなぶり始めていた。
「先を急いでるの?」
「特には――今更急いでどうなるものでもないしな」
「もう日が暮れるよ」
「そうだな」

このまま彼と別れてしまうわけにはいかない。
シュンは思い切ったように顔を上げ、彼に提案した。
「あの……何にもないとこだけど、もしよければ、僕の家に泊まっていって。この辺には宿はないし、東の港までは海に沿った道を行くしかないの。夜は暗くて危険だよ」
「しかし――」
「誰もいないから……遠慮しないで。どうせ、大したもてなしもできないし」
「誰もいないことの方が問題だろう。おまえみたいに若くて綺麗な――」
「え?」
彼は奇妙なものを見るような視線をシュンに向けてきた。
その視線の意図がわからず、シュンは首をかしげたのである。
ともかく、彼の逗留を決定事項にするために、シュンは話を逸らした。

「あなたの名前、聞いてなかった」
「ヒョウガだ」
「ヒョウガ……」
シュンは噛みしめるように、その名を舌の上で繰り返した。






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