任せられた仕事の内容にすっかり臍を曲げている自分たちの隊長に、ガリアの兵たちは揃って肩をすくめた。 彼の気持ちは痛いほどにわかるのだが、本来の彼の仕事は部下たちの不満を抑え、兵を皇帝の命に従わせることなのである。 その任務をすっかり放棄している隊長を、仕方がないので部下がなだめにかかった。 「いや、しかし、あの色気ぷんぷんで脂粉まみれの妾と違って、噂の花の君はなかなか――」 ローマの貴族たちには野蛮人と蔑まれているガリアの民の中でも蛮勇で名を馳せたガリア軍の兵士の口からは、悪態以外の言葉がなめらかに出てこない。 彼はしばし考え込む素振りを見せてから、 「ガリアの野に咲く清純な白百合の花のようだぞ」 と言った。 なかなか気のきいた台詞を思いついたものだと、彼は悦に入ったのだが、そんなことで彼の隊長の機嫌は上向いてはくれなかった。 というより、彼は、部下の言葉を信じなかったのだ。 「清純? ローマにそんな美徳を備えた者がいるはずがないだろう」 「いるから、不思議なんだな。アフリカに飛ばされた総督は、相当厳重に宮廷の退廃から遠ざけて、弟を育てたものらしい」 「……」 そこまで言われてやっと、ガリア軍の隊長は噂の君に興味を覚えたらしい。 彼は、これまで目を向けることも避けていた広間の中央に視線を投げた。 「どれだ」 「青いトーガを着て――さっきまでしょぼくれた老人と、隅の方にいたんだが――。皇帝の目にとまらぬように隠れたかな」 皇帝の命に従って、ともかく宮殿に伺候はしたのだから、この上は皇帝が彼を召したことを忘れていてくれさえすれば、総督の弟としては命拾いというところなのだろう。 退廃しきった この都で、自らの純真を守ることは至難の業である。 その困難に挑もうとしている少年を、ガリアの兵たちは一様に好ましく感じていた。 「花の君の兄貴は、ローマの貴族の中じゃ見どころもあるし、次期皇帝はアフリカから来ると、専らの評判だ」 ローマという大帝国を支えているのは、自堕落な貴族たちではない。 心ある者は、皇帝とその周辺にはべる者たちを疎ましく思っている。 特に、戦地に駆り出されて国のために命賭けの戦いを戦っている軍の者たちは、堕落した皇帝ではなく公明正大なアフリカ総督を支持し、心酔していた。 当然のことながら、ハイエナのような皇帝の側近たちは、自らの権力を失うことを恐れて、支配者がすげかわることを阻止すべく、あれこれと画策を重ねている。 呑気なのは、色惚けしている皇帝だけなのだ。 帝国の上層部で渦巻いている陰謀術数など、無論、ガリアの兵には他人事でしかなかったが。 |