生きていたいと、俺は痛切に思った。
生きて瞬の側にいたいと、どうしようもないほど強く願った。
その思いを見通したように、瞬は潤んだ瞳で俺を見上げ、瞬のいちばんの願いを言葉にした。
「僕のために生きていてください」
「俺は――ずっと おまえだけのために生きていた」
「うん」
「俺は、おまえが好きなんだ」
「うん」
可愛らしい魔女が、小さく嬉しそうに恥ずかしそうに頷く。
俺は、即座に陥落した。
そして、瞬を強く抱きしめた。

俺が瞬を好きだと言う、その言葉だって、真実のものではないのかもしれない。
永遠のものではないのかもしれない。
俺が俺の心を見誤ってはいないと、いったい誰に言えるだろう。
人間の心のそんな不確かさを、この利口な魔女が知らないはずはない。
それでも、瞬は頷いた――頷いてくれた。

俺が欲していたのは、俺に対する瞬の愛情の証ではなく、俺が今 瞬を愛していることを瞬に知ってもらうこと、信じてもらうことだった。
もうずっと長いこと、瞬に俺を信じてもらいたいと、俺はそれだけを願っていた。
その願いが叶わないことに苛立っていた。
今ならわかる。
瞬が俺を信じるということは、瞬が瞬自身を信じるということで、俺が瞬を信じるということは、俺が俺自身を信じるということなのだ、と。
自分を信じることができないほど 自分に自信を持てない人間は、結局すべてを疑うことしかできないんだ。――昨日までの俺のように。

幸福というものも、愛というものも、おそらくその仕組みは同じなのだろう。
人を信じる才能も、幸福を感じる才能も、人を愛することのできる才能も、結局は自分が自分をどう思っているのかに かかっている。
瞬が俺を必要としていてくれるという事実は、俺に自信を持たせてくれることで――俺に100年の不信をもたらした瞬が、俺に信じる力をも与えてくれる。
ああ、だから人は一人では生きていけないのだろう。
人の心に関することはすべて、二人の人間が互いに及ぼす影響によって形作られ、その作用によって人の心は強くもなれば弱くもなる。
肉体的に不死身ということになっている俺も、心を持っているという点で、それは他の人間となんら変わるところのない存在だ。

そう、不死であることは、命の長短は、人の心の強さを養う重要な要素ではない。
だから、それは全く意味のないことだったのだが、俺は瞬に尋ねてみた。
「おまえ、本当は何歳なんだ?」
「気になる?」
瞬が、意味ありげな微笑を俺に返してよこす。
俺は、即座に首を横に振った。――知るのが恥ずか・・・しくて・・・

あの時以来、瞬がどれほどの時間を生きてきた者なのか、俺は瞬に訊いていない。
もちろん、今、俺は幸福だ。






Fin.






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