「相変わらず、暑苦しいツラだな。夏場には死んでも見たくないツラだ。無論、冬場にも見たくはないが」 「貴様こそ、その、いかにもアタマの軽そうな面体を人前に出すのは、いい加減でやめたらどうだ。同じアテナの聖闘士だというだけで同類と思われるこっちの身にもなれ」 「大丈夫。貴様と瞬を同類だと思ったことは、俺は一瞬たりともない」 「脳みその足りない毛唐は、個体識別の能力はかろうじてあるが、感覚情報の統合能力と概念形成能力はないわけだ。爬虫類以下だな」 瞬の兄が久し振りに城戸邸に帰ってきた。 途端に、それでなくても暑い時期だというのに、彼と氷河の熱い舌戦が始まる。 彼等の仲間たちは、腕力に訴えようとしないだけ まだマシだと、二人の不仲とその改善を とうの昔に諦めてしまっていた。 一人だけ、諦めきれずにいる者も いることはいたが。 「に……兄さん、お帰りなさい」 数ヶ月振りに会う弟には見向きもせず、城戸邸のエントランスホールに足を踏み入れるなり、瞬の横にいた氷河と言い争いを始めてしまった兄に、瞬が恐る恐る声をかける。 一輝は、可愛い(はずの)弟に、実に不機嫌そうな目を向けてきた。 「瞬、おまえ、まさか、まだボランティア活動を続けているんじゃないだろうな?」 「ボランティア?」 「こんな馬鹿と一緒にいるのが、ボランティアでなくて何だというんだ」 一輝が、反問した瞬を見ずに横目にちらりと氷河を見やる。 氷河はそんな一輝を鼻で笑った。 「ということは、瞬は、おまえの弟として生まれた時からずっとボランティア活動を続けてきたことになるな。実に心の広い弟だ」 そう言ってから、わざと声を低くして、だが一輝に聞こえる程度のボリュームを保ったまま、氷河がぼやく。 「こんな暑苦しいツラの男の弟なんて商売、夏場だけでもやめればいいのに」 「氷河……」 いくら何でも命懸けの闘いを共に闘ってきた仲間に そんな言い方はないだろうと訴えるように、瞬が切なく眉根を寄せる。 瞬のその様子を認めた氷河は、慌てて表情の険しさを和らげた。 瞬に対しては、氷河はいつも甘く優しい。 それはいつものことなのだが、今彼が表情を和らげたのは、どう見ても瞬のためではなく、“瞬に優しい自分”というものを瞬の兄に見せつけるためだった。 だから、瞬は、平生と変わらぬ氷河の態度に、僅かに傷心したのである。 「ああ、おまえが悪いんじゃないことはわかってるぞ、瞬。おまえは優しすぎ寛大すぎるだけなんだ」 「全くだ」 珍しく意見の一致を見たというのに、瞬の兄と恋人はそれすらも不愉快でならなかったらしく、二人はほぼ同じタイミングで互いにそっぽを向いた。 喧嘩中の幼稚園児のような二人の態度に、瞬は深い溜め息をつくことになったのである。 瞬は、兄には少しでも長く城戸邸に滞在してほしかった。 だが、兄の滞在が長びくということは、自分や仲間たちが、兄と氷河のぎすぎすしたやりとりに耐えなければならない時間が増すということなのである。 兄の帰還は嬉しい。 だが、兄と氷河の間で、おどおどしながら過ごすことになるのだろう明日からの自分を思うと、瞬は暗澹たる気持ちにならざるを得なかった。 |