真の平和を取り戻して安心した瞬は、心置きなく、何者かのせいで大怪我をした兄と氷河の世話を焼き始めることにしたらしく、病室には花と果物の詰め合わせが必要だと言って、上機嫌で買い物に出掛けていった。
「うまくいったようだな」
瞬の姿が消えるとまもなく、二人のアテナの聖闘士が収容された病室には、紫龍の落ち着いた声が静かに響くことになったのである。

同時に、わざと張り上げていた声のボリュームを落とした一輝が、怒らせていた肩から力を抜く。
「ふん。これで瞬の奴も、俺とこの馬鹿に“仲良く”してほしいなんて阿呆なことは、金輪際考えなくなるだろう」
「瞬はいったいなぜ、俺とこの阿呆に“仲良く”してほしいなんて、得にもならないことを考え始めたんだ。大の男を二人も男を振り回していられるんだから、いい気分でいればいいだけのことじゃないか。なぜ素直に得意がっていられないんだ」
瞬の恋人が、瞬の兄同様、ベッドの上で気の抜けた声を洩らす。
わざと大袈裟に巻かれた包帯と必要のないギプスの拘束が、彼は鬱陶しくてならないらしかった。

「そこはそれ、瞬だからな」
そんな二人を見て、紫龍は薄く苦笑した。
「まあ、これでおまえたちはこれまで通り、瞬の嫁と小姑として遠慮なくいがみ合っていられるわけだ。瞬に殺されそうになった甲斐があったというものじゃないか。俺も仲間のために骨を折った甲斐があった」
恩着せがましいことを言う紫龍を、一輝は半眼になって睨みつけたのである。

「この馬鹿げた茶番を立案・プロデュースした貴様は、安全圏から眺めているだけだったような気もするが」
「当然だろう。なぜ俺が貴様等の巻き添えをくって、本当に骨を折らなければならんのだ」
しれっとして言ってのける紫龍に、二人の怪我人はほとんど同タイミングで舌打ちをした。

「しかし、おまえら、よく耐えられたな。仲良しこよしのおまえらなんて、俺、傍で見てるだけでも吐きそうになってたのに」
コンビからトリオになりかけている陰険漫才に割り込んでいった星矢の言葉に、瞬の兄は氷河への憎悪を思い出してしまったらしい。
彼は、病室の壁に拳を叩きつけた。
「腹の中は煮えくりかえっていたんだ! 何が、『千切られるかと思った』だ。我が最愛の弟の清らかなカラダをいいように扱いやがって、俺がこんな不埒な野郎と仲良くなぞできるわけがない!」
「幼児の頃の弱みを握っていることを盾にして、瞬の兄貴面を続けるような卑怯な男に何を言われても全くこたえんな。俺が瞬だったら、貴様のような兄は とうの昔に抹殺している!」

憎々しげにののしり合う二人の仲間に、紫龍と星矢は心底から呆れることになったのである。
これが地上の平和と安寧を守るために闘うアテナの聖闘士たちの真の姿なのだと思うと、同じアテナの聖闘士として、情けないものを感じずにはいられない。
が、彼等は、そう思うと同時に、一輝と氷河の聞き苦しい悪口雑言の応酬に安堵の念をも抱いたのである。

『俺と一輝のどちらかを選べ』と瞬に言わないだけ、氷河には分別があるし、『俺と氷河のどっちが大事なんだ』などと馬鹿げたことを言い出さないだけ、一輝は冷静なのである。
“仲良く”しないことで、かろうじて互いの立場と人格を尊重し合える人間というものが、この世には確かに存在するのだ。

平和とは、争いがないことではない。
そして、平和とは、決して単純なものではない。






Fin.






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