「瞬、いったい何があったんだ。俺が何か気に障ることをしたのか」
氷河の声音が気遣わしげなものに変わる。
彼は、かろうじて右の腕だけに引っかかるように残っていた瞬の着衣を元に戻し、泣きじゃくる子供をあやすような仕草で ベッドの上に瞬の上体を起こさせ、その顔を覗き込んだ。

「僕、知らない……何も知らないんだ……」
事ここに至ってしまっては、これ以上嘘をつき通すことが不可能であることは、嫌でも瞬にはわかった。
瞬は、だから、正直に氷河に告白したのである。
どちらにしても氷河に嫌われてしまうのなら、嘘の自分よりも本当の自分を嫌われる方が 諦めがつくと思った。

「なに?」
「ちゃんとしたキスなんかしたことない。それ以上のことなんて何も知らないのに……っ!」
「何も知らない……?」
悪いのは氷河ではなく、氷河に嘘をつこうとした自分だということはわかっていた。
それでも、自分は氷河に嫌われてしまわないために嘘をつこうとしたのだということ、そのために努力もしたのだということを、瞬は氷河に訴えずにはいられなかった。
「でも、氷河をがっかりさせたくなくて、僕、頑張って勉強だってしたのに、まだちゃんとマスターしてないうちに氷河が急かすから、覚えたはずのことも思い出せなくて――」

真実を氷河に告げることよりも、それが我儘な――氷河にとっては理不尽な――訴えであることの方がつらくて、瞬の瞳からはまた ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
瞬の告白は氷河には思いがけないものだったのだろう。
彼は その青い瞳を大きく見開き、瞬は氷河の視線が苦しくて顔を俯かせたのである。
すべてが終わりだと、瞬は思った。
確かに瞬は、“パートナーに心を許し”ていなかった。
そして、その事実を氷河に知られてしまったのだ――。






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