「初めてだったーっ !? 」
翌朝ラウンジに響いた星矢の奇声は、瞬ではなく氷河に確認を入れるためのものだったのだが、彼に肯定の意を示してきたのは、昨夜めでたく未経験者でなくなることができた瞬の方だった。
氷河が幻滅しないでいてくれるのなら、自分の非常識や無知を誰に笑い飛ばされようと、瞬は平気だった。
昨日は誰にも言えなかったことを、その怖れがなくなった今では、瞬は誰にでも正直に告白することができたのである。
「うん……。僕、ネットで調べたこと何ひとつ満足にできなかったのに、氷河、優しくて……」
瞬はその事実を素直に認めて頷き、それから ぽっとほのかに頬を赤らめた。

「そりゃ、優しくもなるだろうよ……!」
星矢の口調が吐き出すようなそれになったとしても、それは彼の責任ではない。
「上機嫌でいるのも道理だな。瞬の初めての男になれたわけだ」
紫龍の声音が蔑むようなそれになったとしても、それは彼の以下同文。
なにしろ未経験者でなくなった瞬の隣りには、隠し切れない上機嫌を隠そうともしていない金髪の男が一人いて、まるで この世は自分のためにあると言わんばかりに口許を にやつかせていたのだから。

「何が初めてのオトコだよ。ったく、アテネの市場のジャガイモ売りのばーちゃんに超熱烈なキスされてから 色っぽい話皆無の俺の立場はどーなるんだよ!」
幸せな二人の幸せ振りに舌打ちをしてから、星矢は、ほとんど ふてくさったような態度でラウンジのソファに身体を投げ出した。
星矢のその言葉に、瞬が一瞬きょとんとする。
そういえば星矢は、彼がキスの先にあることを知っているとは、一度も言っていなかった。
つまり、瞬は、勝手に一人でそう・・に違いないと思い込み、勝手に一人で焦っていただけだったのだ。
瞬は、自らの早とちりに恥じ入り、そして、色々なことをまとめて一気に反省した。

「あのね、星矢。僕、未経験でいるってことも、大切な経験のひとつだと思うんだ。大事なのは、その時に、自分にも相手の人にも周りの人にも 見えを張らず正直でいることだと思うの」
「へ……?」
自分が何を言われたのかを、しばし理解しかねていた星矢は、
「だから、わからないことがあったら、遠慮しないで何でも僕に聞いてね!」
先輩顔をした瞬に 無邪気にそう言われ、大いにプライドを傷付けられることになったのである。






Fin.






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