わざわざ買いに来なくても配達を頼めばよかったことに 瞬が思い至ったのは、城戸邸から15分ほど歩いた場所にある生鮮食品センターの入り口に置いてある『2000円以上のお買い上げは配達無料』のプレートを見た時だった。
今からでも配達を頼むことはできたのだが、星矢に大見得を切って出てきた手前もある。
瞬は、やはり自分の手で庶民の果物を持ち帰ることにした。

「本当に一人で大丈夫なの?」
と心配顔で声をかけてくれたレジのおばさんににっこり微笑を返して、瞬は、左右各々の手に2個ずつスイカの入ったネットをぶら下げ、食品センターを出たのである。
実際瞬には、それらは軽い荷物だったのだ。――が。
瞬は、食品センターを出て2分もしないうちに、自分が世間から受けている残酷な評価を思い知ることになったのである。

「彼女、重いだろ。俺、手伝ってやるよ」
いかにも長い夏休みを持て余している大学生らしい男が そう言って、ひょこひょことスイカを運んでいた瞬の前に立ちはだかってきたのだ。
人様に はらはらされることは想定内で、それは無視すればいいだけのことと 瞬は考えていたのだが、さすがにこのパターンは考えていなかった。
瞬の運んでいるモノが見るからに貴重品でない物だったことが、逆に声を掛けやすい状況を作ることになってしまったらしい。

「あ、僕、平気です。僕、力持ちなので――」
軽薄で親切なに『彼女』呼ばわりされたことに気を悪くしたからではなく、ここで彼に荷物を委ねることは詐欺になるという思いから、瞬は彼の申し出を丁重に断った――断ろうとした。
その言葉を言い終わる前に、突然どこからともなく ぬっと現われた金髪の男が、軽薄で親切な男を押しのけて瞬の手からスイカを奪ったかと思うと、すたすたと城戸邸に続く道を歩き始める。

「氷河っ!」
急に両手が軽くなってしまった瞬は、急いでスイカと氷河を追いかけたのである。
10歩ほど走ったところで慌てて後ろを振り返り、軽薄で親切な男にぺこりと頭を下げる。
「すみません。大丈夫ですから。ありがとうございます!」
「男つきなら、最初にそう言えよっ!」
軽薄で親切な男の憎まれ口が聞こえてきたが、瞬はその声を無視して氷河のあとを追った。

「氷河、ありがと。僕、持つから」
スイカに追いつくと、瞬は氷河にそう言ったのだが、彼は荷物を瞬の手に返そうとはしなかった。
「おまえにこんなものを持たせていたら、俺が世間から非難の目を向けられる」
「え……」
瞬が顔をあげて“世間”を見回すと、さすがに通勤時間は過ぎていたので あまり人通りはなかったが、その付近で最大規模の食品センターに続く通りには、日傘をさした主婦やら、外回りの仕事に携わっているらしい会社員やらがそれなりにいて、彼等は皆、妙に目立つ二人連れに注目していた。

「ご……ごめんなさい。ありがとう」
結局瞬は、世間体に負けて、4個のスイカの運搬を氷河の手に委ねることになってしまったのである。






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