Family






俺に兄と弟ができた――ということは知っていた。
一度も俺は会ったことはなかったし、これからも会う気はなかったが。
兄と弟どころか――義理とは言え俺の父親になった男の顔すら、俺はちらりと垣間見たことがある程度だった。

相手は俺からマーマを奪っていった男。
まともに顔を見たりしたら、それだけでムカついて殴りつけてしまいそうだったから、それはある意味、俺の思いやりだった。
幾度もセッティングされた双方の家族の対面の場を避ける時にも、俺は毎回律儀に尤もらしい理由をつけて足を運ばなかった。

高校生にもなって、思春期のガキみたいに親の再婚に反対するなんて、それこそガキじみていると、自分でも思う。
だが、俺というデカいコブがついているにしても、マーマはまだ若く美しい。
俺より更にデカいコブがついている男と再婚する必要なんかないじゃないか。
しかも相手のコブは2つだ。
マーマより年下ということだったが、それで俺より年上の息子がいるなんて、若い頃から遊んでいた軽薄な奴に決まっているんだ。

俺が出席しないと言い張ったから、マーマとマーマの新しい夫は式を挙げなかった。
それなら再婚自体をやめればいいのに、二人はちゃっかりと籍だけは入れやがった。
俺も法的には その戸籍に組み入れられ、苗字も変わった。
とはいえ、俺の通う高校は生徒のプライバシーを考慮して、生徒本人が望むなら校内姓の使用を許可しているんで、俺は元の姓のまま学校に通えている。

ともかく、俺の無言の抗議を黙殺したマーマは、新しい夫の家に行ってしまった。
二人からの再三の要請を無視して、俺はそれまで母子で暮らしていた家に残った。
俺が、新しい父親に甘やかされていることはわかっていた。
奴はマーマに言って、俺が居座り続けている この家を処分させることだってできたろうから。
マーマはそうしたがっているふうだった。
そうすれば、住む家を失った俺は新しい家に行かざるを得ないと考えて。

もっとも、そんなことになったら、俺は自分で部屋を借りて自活を始めるつもりでいたんだが。
そのあたり、俺の新しい親父は見透かしている節があって――彼はマーマを止めたらしい。
新しい親父は馬鹿ではないし、実際的な妥協もできる男だと、俺は認めていたんだ。

二人を祝福できない俺が新しい家に行かないのは、顔も知らない家族とマーマのためだ。
そう思っている部分が、俺の中にはないでもなかった。
その方が、為さぬ仲の家族が一つ屋根の下で ぎくしゃくしながら暮らすより、ずっとマシじゃないか。
向こうの家族は全員 諸手をあげてマーマを新しい家族として迎えているという話だったし、その中に不穏分子が混じっていくことはないだろう。

それまで生活全般をマーマ任せだった俺の一人暮らしは不都合だらけだったが、世の中には、気軽にいつでもメシを食える店やコンビニ、クリーニング屋と便利なものが揃っている。
金さえあれば日々の生活は何とでもなり、その金を、幸い俺は持っていた。
死んだ実父の遺産と、新しい父親からの仕送り。
従前通りとまではいかないまでも死なない程度の生活レベルを、俺は維持できていた。――んだが。

マーマが新しい家族の許に行ってしまってから1ヶ月。
俺が気楽な一人暮らしに慣れ始めた頃、嵐が訪れた。

その日、俺が外で晩メシを食って帰宅すると、家のリビングの電気がついていた。
俺はもちろん消してから家を出たのに――というより、今朝 俺はリビングに入らなかったんだ。
その電気がついているはずがない。
俺が暮らしているのは ごく普通の一軒家で、どこぞの最新式のマンションみたいなセキュリティシステムが導入されているわけじゃないが、だからといって誰もが自由に出入りできる建物でもない。
鍵をかけて出た記憶はあったし、確かめてみると実際 玄関のドアの鍵はかかっていた。

もしかしたらマーマが帰ってきてくれたのかという期待を、だが、俺は抱かなかった。
それがマーマなら、帰宅後は、あとから帰ってくる者のために玄関の照明灯をつけていてくれるはずなのに、それがなかったから。
となれば、考えられるのは、玄関のドア以外のところから家の中に侵入した空き巣狙いというパターンだ。
時刻は午後8時少し前。
空き巣ならとっくに退散したあとだろうし、泥棒のおでましには少々早すぎる時刻だったから、家の中には誰もいないだろうと思いつつ、俺は足音を忍ばせて問題のリビングに向かった。
そのドアをそっと開ける。
空き巣に物色された様子はなかった。
室内に人の姿はない。

代わりに、室内を窺っていた俺の背後から、
「遅かったんですね」
という声が降ってくる。
俺が弾かれるように振り返ると、そこには、やたらと綺麗な顔をした女の子がひとり、にこにこしながら立っていた。






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