瞬はどこまでも俺につきまとうつもりらしかった。
俺が鞄を手にして家を出ると、飼い主に置いていかれるのを怖れてる小犬みたいに、瞬はすぐにあとを追いかけてきた。

2分も歩くと大通りに出る。
通学路にもなっているその通りは、俺たちの通う高校と駅をつなぐ唯一の道でもあるので、同じ制服を着た生徒たちの姿が目立った。
俺は見てくれが見てくれだから人の視線にさらされることには慣れていたが、瞬も、自分が人の注目を集めていることに動じる様子を見せなかった。
これだけ可愛ければ それも当然なんだろうが。

瞬はあれこれと俺にいちいち話しかけてきたが、俺はそのすべてを徹頭徹尾黙殺した。
愛想のない義理の兄と会話を成立させることを瞬が諦めかけた頃、俺たち兄弟の間に割り込んできた男がいた。
「おまえたちが知り合いだったとは」
朝の挨拶抜きで、そいつは用件に入ってきた。
鬱陶しい長髪のその男は、小学校からの腐れ縁で付き合いの続いている 紫龍という名の俺のクラスメイトだ。

「瞬を知っているのか」
一応、俺は紫龍にだけはマーマの再婚のことを知らせていた。
実際には白状させられたというのが正しいが、俺が言わなくても、どうせこいつは事実を突き止めていただろうから、どっちにしても同じことだったろう。
紫龍はいわゆる地獄耳、情報通の男だった。
そして、俺はその真逆。他人というものに ほとんど関心がない。
実際にはただズボラなだけなんだが、それが歳不相応に達観しているように見えるらしく、どちらかといえば俺は同級生にも遠巻きにされているような男だった。

その情報通の男が、呆れたような顔で得意のお喋りを始めてくれる。
瞬は、紫龍のおかけで気まずい沈黙が断ち切られたことに安堵したような顔になった。
「知らないのはおまえくらいのものだ。今年の1年でいちばんの美少女だぞ。その上、ヨメさんにしたい生徒ナンバー1でもある。先日のコンテストでグランプリを取って、今校内で最も話題の人でもあるな」
「コンテスト?」
この あつかましい弟は、ご町内の美少女コンテストにでも出て優勝してのけたのだろうか? と、俺は思った。
その推測が冗談では済まなそうな気がして、あえて確かめようとは思わなかったが。

「ヨメさんにしたい生徒ナンバー1って、何ですか、それ」
「彼女よりはヨメさんだろう、やっぱり」
他人にそんなことを言われて にこにこ笑っていられるオトコなんて、そんなのは俺の弟じゃないー!
――と、言いたいことを言葉にする機会が、俺には与えられなかった。
紫龍と瞬が和気藹々と、俺には不愉快でしかない話題に盛り上がり始めたせいで。

「来年のウチの学校の入学案内の表紙のモデルに選ばれたんだろう? ウチの理事長は派手好きなんだ。この少子化の時代にどうすれば生徒を集められるかを心得ている」
「あ、ええ。僕、氷河が表紙の入学案内を見て、ここ受けたんですよ。在校生インタビューに紫龍さんも大きく載ってましたよね」
金髪、長髪、女顔。他にどんな見世物がいるのかと物見高い阿呆共が 俺たちの通う高校に集ってくるのは当然だろう。
自分が動物園の客寄せパンダ扱いされていることを 楽しげに笑って語り合える二人の神経は、俺には理解し難いものだった。

ともかく、二人はどうやら自己紹介もいらないほどに互いを知っている、校内の有名人同士らしい。
紫龍と瞬の会話から弾き出された格好になった俺は、『パンダ同士で勝手に盛り上がってろ!』と腹の中で毒づいた。






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