「地味で普通で目立たないのっていいよね。人間、地味にしてるのがいちばん、普通でいるのがいちばんだよ」
瞬は、本気でそう思っているらしい。
自分の恋人が地味で平凡で目立たない顔をした男であることを、瞬は本当に本心から喜んでいるようだった。
氷河の顔が地味になっているとわかったその日以降、瞬は事あるごとに『地味』と『普通』の効用を強調し、あげくの果てに、
「敵の襲撃があっても、地味にしてたら、標的にされる可能性も減るし、僕も安心できるもの」
などと、アテナの聖闘士としてどうかと思わずにいられないようなことを言い出す始末である。

何をしても普通がいちばん、これをしても普通が最高。
梅雨時でもないのに、瞬は地味地味地味地味と、事あるごとに同じ言葉を繰り返す。
星矢は、氷河の顔が地味なこと自体は全く構わなかったし、困ることもなかった。
だが、瞬がやたらにジミジミフツーフツーと強調するのは、はっきり言って非常に鬱陶しい。――というより、星矢は、瞬が繰り返すジミジミフツーフツーがうるさくてならなかった。

何といっても、星矢には、氷河の顔が地味に見えていないのである。
カメラや鏡に映る氷河の顔は確かに大人しい作りの顔に見えた。――見えるような気がした。
が、本人をじかに見れば、最近の氷河はむしろ瞬の機嫌のよさや積極性に浮かれて、以前より生気に満ち、その表情は豊か。
星矢の目には、地味になってからの氷河の方が、以前より明るく輝いて見えていたのだ。

そういうわけで――朝から昼まで、昼から夜まで、地味地味地味地味普通普通普通普通を繰り返す瞬に、星矢の忍耐の臨界点が超えるのに さほど長い時間はかからなかった。
「だーっ、鬱陶しいんだよ! ジミジミフツーフツーって! 氷河が普通で地味だったら、世の中の人間はみんな異常で派手だろ! 氷河が地味で普通なんて、それこそ異常なことなんだよ!」

「よくわからん理屈だが、言いたいことはわかる」
星矢の隣りにいた龍座の聖闘士が頷いて、仲間の意見に賛同する。
紫龍は、瞬が地味普通至上主義を唱えることを うるさいと思ってはいなかったが、ある個人はこの世界にただ一人しかいないという点で、当然のごとくに個性的な存在だと思っていた。
『地味』や『普通』というものは あくまでも概念に過ぎず、『地味な人間』『普通の人間』というものは存在しないというのが、彼の持論だったのである。

仲間の(実は言葉の上だけでの)賛同を得て、星矢の語調が更に力強いものになる。
「男同士でくっついてる時点で、おまえと氷河はフツーじゃねーの! 氷河をフツーって言い張るのには無理があんの。地味顔でも派手顔でも、おまえとくっついてる限り、氷河は絶対フツーじゃねーんだよ! そんなに氷河を地味で普通な男にしたかったら、おまえ、氷河と別れろ。それがいちばんだ!」

地味であり普通であることは自慢にならない。それゆえ、人の反感を買うことはない――。
そういう考えがあったからこそ、瞬は声高に、氷河の地味さ普通さを主張し続けることができていたのだが、しかし、世の中は なかなかそう単純なものでもないらしい。
何が星矢の逆鱗に触れたのか、実際のところ、瞬には全く理解できていなかった。
だが、ともかく、瞬は、星矢の頭ごなしの怒声に、たじろぎ傷付いた顔になったのである。

「本当に氷河を地味で普通な男にしたいんなら、おまえが氷河と別れてやるのが最善策なんだよ!」
そんな瞬に、星矢が引導を引き渡す。
星矢の大声に気圧けおされていた瞬は、しばし唇を噛みしめ瞼を伏せていたが、やがて おもむろに顔をあげ、星矢を睨みつけた。

「そ……そんなことになるのが嫌だったから、僕は氷河の顔を地味にしてくださいって、あのおじいさんに頼んだんだよっ!」
噛みつくように激しい口調でそう叫んでから、瞬は、その瞳からぽろぽろと涙を零し始めた――。






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