「ヒュペルボレオイの王家の人たちは、恋をすると死ぬと言われているそうですが、それは事実なんですか」
エティオピアの王子シュンに問われて、ヒョウガは、
「そう言われている」
と、至って簡潔に答えた。
その質問に、何の興味も意義も感じていないような目をして。
エティオピアの王宮に招かれてやってきていたヒュペルボレオイの王子の素っ気ない答えに、シュンが訝しげに眉根を寄せる。

パリスが引き起こした戦から数百年。
現在、世界は、神々の国と人間たちの営む2つの大国によって形成されている。
世界の中心にあるのは、もちろん神々の住まうオリュンポス。
その北に、ヘラとアテナの加護を受けるヒュペルボレオイの国、南には、愛と美の女神アフロディーテが守護するエティオピア。

無論、2つの大国以外にも形式的な独立を保っている小国は数多くあるのだが、それらの国々はすべて北と南いずれかの大国の傘下にあり、地上には2つの連合国が存在する形になっていた。
両国は対立し合っているわけではない。
地理的な条件によって、いつのまにか2つの陣営ができあがってしまっていただけのことである。
たくさんの小国が複雑に入り乱れて南北の大国と関わりを持っているため、2つの大国は単純に対立し合うことが難しい状況にもあった。
なにより両国の間には、神々の領域であるオリュンポスがある。
オリュンポスを挟んでの戦など起こせるはずもない。

両国はまた、人的交流も交易も盛んだった。
北の国ヒュペルボレオイは、自国の民を養うために 南の国エティオピアの豊かな農産物が必要であり、愛と歓楽の国エティオピアの国民は、その身を飾るために北の国が産する宝石や工芸品が欲しい。
そんなふうに、北と南の大国は、王家と国民の気質が違うだけで、持ちつ持たれつの共存関係にあったのである。

だが、北の国の最大の輸出品・交易品は、何より王家の者の明晰な頭脳と冷静な判断力、断固とした決断力と行動力だったろう。
方々の王家で解決の難しい問題が起こるたび、その国の王は、北の王家にその解決を依頼する。北の王家では、要請のあった国に王家の一員を送り込み、問題の解決に当たらせるのである。
北の国の王家に委ねられる問題は、国家間のトラブルの仲裁が多かったが、時には国の政治体制そのものの見直しや財政の建て直し等の依頼が持ち込まれることもあり、その範囲は多岐に及んでいた。

北の国の王家の者に解決を求めると、彼等は公平かつ温情のない冷徹ともいえる判断力と実行力で大抵の問題を解決してしまう。
その報酬として、北の国は、領土や北の国では不足している各種物資を得る。
戦争を回避させたことも一度や二度ではない。
既に他国を侵略することで領土を広げることのできる時代は過ぎ去っていた。
無論、ヒュペルボレオイの国が戦を始めれば、アテナの加護によって勝利が約束されている かの国は決して負けることはなかったであろうが、冷静な判断力を持つヒュペルボレオイ王家の者たちは、それが得策ではないことを知っていたのである。


ヒョウガがエティオピアにやってきたのも、言ってみれば、北の王家の一員としての仕事を果たすため。
エティオピアの王からの招聘しょうへいに応じてのことだった。

エティオピアでは今年、畑では作物が全く育たず、果樹は実を一つも結ばない――という、異常な事態に見舞われていた。
天候が乱れていたわけでも、雨が不足していたわけでもない。
太陽は、例年と同じだけの恵みをエティオピアの国土に垂れてくれていた。
にも関わらず、この不可思議な事態。
エティオピアの経験豊かな農夫たちの中にも、この不作の原因がわかる者は一人としていなかった。
国民の食料の6割をエティオピアからの輸入品に頼っている北の国にも、それは解決が急務の重要問題だったのである。
その解決を図るために、ヒョウガはこの南の国に派遣されてきたのだった。






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