ブラインドを下ろさなかった瞬の寝室には光があふれていた。 目覚めると隣りに氷河が眠っていて、その金髪が黄金のように輝いている。 目を閉じて微動だにしない彼の面差しは、人間の顔の部品の形と配置を 最も美しく見えるように計算し尽くして作られた精巧な人形のようだった。 少し乱れて額にかかっている髪でさえ、彼を美しく見せるための演出が施されているように見える。 もしかしたら自分は この美しさに目がくらんで、彼をこの部屋に招くという酔狂をしでかし、そして昨夜の狂乱に及んだのかと、瞬は己れを疑ったのである。 だが彼が美しいことよりも、瞬には彼の体温の方が嬉しかった。 昨夜、『もうやめて』と幾度泣き叫んで懇願しても容赦してくれなかった我儘な男に、瞬は、朝の光の中で、懐かしさに似た思いさえ覚えていた。 そして、ひどく優しい気持ちになった。 ずっとこうしていたいと思うが、それは危険なことだと、瞬の中の何かが警鐘を鳴らしている。 自分は氷河のことを何も知らないのだから、彼を危険だと感じることは当然であり自然なことだと考えることで、瞬はその警鐘を無視した。 とにかく、朝がきたのだから、人は一日の活動を始めなければならない。 そう考えて、瞬はベッドから抜け出そうとした。 本音を言うなら、瞬は、いつまでも自分の手足を氷河の体温に浸らせておきたかったのだが。 違う位置から この美しい獣を見てみたいという気持ちがなかったら、瞬は、普通の人間のように朝が来たから起床するというような、つまらないことをしようとは思わなかったかもしれない。 上体を起こし、ベッドを出ようとした瞬は、 「無理をするな」 という、氷河の声に引き止められた。 いつのまにか――彼は目覚めていたらしい。 「大丈夫。歩けるよ」 氷河にそう答えながら、瞬は、自分の身体の強靭さに驚いていた。 昨夜、落雷を受けて身体を真っ二つに引き裂かれる樹木の気持ちを味わわされたばかりだというのに、瞬は実際 その言葉通りにベッドに身体を起こすことができたのだ。 成長しきっていない未熟な身体に無体を働いた氷河を責める気にもなれない。 身体の中心に残る重みを伴った痛みさえ、瞬には心地良かった。 「今日は午後まで時間があるの。氷河の服を買いに行ってくる。氷河はここにいて。裸では出られないでしょ」 「サイズはわかるのか」 「夕べ、この手で全部計りました」 目を閉じている方がぴったりの服を選べそうなほど、瞬は氷河の身体を把握してしまっていた。 たった一晩、しかも、彼に組み敷かれていた間は ほとんど我を忘れていたというのに、そんなことができるはずがないという疑いの心が湧いてこないわけではなかったのだが、瞬の手は本当に氷河の身体をすっかり覚えてしまっていた。 瞬が氷河のために買い揃えた服は、モデルの仕事に就く前の瞬であったなら、その購入に躊躇を覚えていたに違いないと確信できるほど高価なものばかりだった。 アパレル業界に身を置くことで妙に目が肥えてしまったらしい自分に、瞬は苦いものを覚えたのだが、それらの服を身に着けた氷河の姿を見た途端、瞬のそんな気持ちはすっかり消えうせてしまっていた。 「ああ、ほんとに、僕なんかよりずっとモデルらしい」 氷河は姿勢がよく、立ち姿も歩き方も隙がなく、その所作には気後れめいたものがなかった。 なにより身体自体が鍛えてあって、美しい。 瞬はすっかり自分の見立てに満足してしまっていた。 昨夜とは打って変わって従順に瞬の着せ替え人形の役を務めていた氷河が、スーツを着た狼藉者にうっとりしている瞬に 肩をすくめて尋ねてくる。 「日本では、こういうのをヒモというんだろう」 その口調に卑屈の響きはなく、むしろそれは、自分がそんなものであることを興味深く感じているような口調だった。 「氷河は日本人なの? ネイティブみたいに日本語を話してるけど」 「ロシアにいた時にはロシア語を話していた。いずれにしても、俺はロシアにいるのはまずいらしい。戻ることはできない」 要するにホームレスだと言って、氷河は軽く笑った。 「ホームレスでも何でもいいよ。しばらくここにいて。僕のボディガードに雇うから。僕、今、一人では街を歩けない状況なの。胸や……その、いろんなとこに触ろうとする人がいて。氷河は綺麗だけど無愛想で目付きが悪いから、ちょうどいい」 ヒモたる自分の立場が自覚できているのか、氷河は存外素直に瞬の要請を受け、そして、その日から至極真面目に瞬に依頼された仕事を務め始めた。 もっとも彼は昼間の仕事よりも夜の仕事の方に熱心で、しかも、彼の夜の仕事振りは、絶対王政時代の暴君のように躊躇なく、自信に満ちていた。 そうする権利を自分は神から与えられているのだとでも言うかのように傲慢に、彼は瞬の身体を支配し君臨する。 時に悲鳴をあげずにいられないほど容赦のない彼の愛撫に 喘がされ、翻弄されながら、これほど勤勉で熱心な暴君の許でなら、自分は死ぬまで彼の奴隷でいてもいいと、瞬は思ったのである。 |