見ず知らずの他人とはいえ、その一生を あまりよろしくない方向に向かわせる原因となるのは、さすがの氷河でも後味が悪いと感じるのだろうかと、氷河の意外な情の厚さを、瞬は少しばかり奇異に感じた。 氷河は決して冷徹な男ではないのだが――むしろ情の深い男なのだが――彼のそういった人間らしい思い遣りや優しさは、主に彼の身内に向けられることが多かったのだ。 肉親、仲間、師――彼の身内以外の者に対して、氷河は、時に冷酷に見えるほど合理的に接する人間だった。 その合理的な男が、今日知り合ったばかりの 到底身内とはいえない学生に、彼の要求を突きつける。 「貴様は、瞬と過ごすという俺の予定を奪うわけだから、俺にその代償を支払う義務がある。瞬の代わりを務める女を俺に世話しろ。瞬より見劣りするのは我慢してやる。何はともあれ、女なら、それだけで瞬に勝っているわけだからな」 「氷河……?」 それはいったいどういう意味なのだろう。 氷河の発言の意図するところが全く――本当に全く――理解できなかった瞬は、彼の言葉に戸惑いを覚え、氷河を問い質そうとした。 が、瞬が氷河の意図を確かめるための言葉を探しあてるよりも、氷河の提案にぱっと瞳を輝かせた図々しい学生が上着のポケットから携帯電話を取り出す方が早かったのである。 図々しい学生は、機を見るに敏な男ではあるらしく、その行動は実に迅速だった。 氷河に気持ちを変える隙を与えてなるかと言わんばかりの早口で、まくしたてる。 「じゃあ、すぐにゼミやクラブで一緒の女の子たちに声をかけてみます。一人くらいは予定のない子がいると思うし、予定があっても――写真いいですか。ちょっと顔をあげてください」 その言葉使いからして、彼は氷河を自分より年上と思っているらしかった。 氷河の返答を待たずに携帯電話のカメラで氷河の姿を写真に収めた彼は、驚くべき速さで彼の携帯電話にメール文を打ち込み始めた。 もちろん、そうする間にも、氷河の気が変わらないように おべんちゃらを言うことも忘れない。 「予定があっても、みんな喜んで飛んでくるでしょう。こんないい男 滅多にいるもんじゃないし」 「当然だ」 思いあがりもはなはだしい氷河の返答も、今の彼には慈悲心に満ちた仏の言葉に聞こえているのか、就職活動中の学生は、その顔に満面の笑みを浮かべている。 「来れる女の子が何人もいるようだったら、どこかに集合させます。あなたは、その中から一人選んでくれればいい。お気に召さなかった子たちには、僕があとから平身低頭しておきますから」 「俺は集団デートになっても構わないぞ。どうせ瞬に相手をしてもらえない間の暇つぶしだ」 「氷河っ!」 就職活動に切羽詰まっている学生は、自身の円滑な就職のためには、友人の人権や都合を尊重せず、彼等を自分の道具として利用することも許されるのだろうか。 何より瞬は、氷河が そんなことを言う人間を軽蔑した様子も見せず、むしろ彼の提案に乗り気でいるらしいことの方に驚きを覚えていた。 氷河は、彼自身は滅多に他人の人権を尊重しないくせに、己れのために他人を利用しようとするような人間には、あからさまに軽蔑の視線を向けるのが常だったというのに。 なじるように仲間の名を叫んだ瞬に一瞥をくれてから、氷河は瞬に言った。 「俺は、この男のオトモダチと暇をつぶし、おまえは他人の就職活動の手伝いをする――と。おまえは人助けが好きだからな。他人の人生を自分のせいで悪い方向に向かわせるのは不本意だろう」 「……!」 昨夜の自分の言い訳を逆手にとられてしまった瞬は、暫時 返答に窮することになってしまったのである。 しかし瞬はすぐに気を取り直し、氷河の傲慢をいさめようとした。 そこに、やたらと元気でテンポのいいメールの着信音が響く。 就職活動中の学生は、いったい何人分の女の子のアドレスを持っていたのだろう。 彼が氷河の写真を添付して一斉発信したメールには、それから わずか10分の間に、次から次へと返信が返ってきた。 添付した写真が功を奏したのか、急な呼び出しだったというのに、彼の許には5、6人の女子大生からOKの返事が返ってきたようだった。 |