「最初に――先におまえを押し倒したのは、おまえじゃなく俺の方だぞ。俺は純粋に、おまえを俺のものにしたいという欲望に駆られて、おまえを抱いた。あの時の俺は、戦いのことなんて、これっぽっちも考えていなかった」 瞬の内腿をなぞっていた氷河の指が、瞬の内部に忍び込んでくる。 背筋にぞくりとするものを感じて、瞬は氷河の背中にしがみついた。 「……僕も、同じ気持ちで氷河を抱きしめたい」 「今は違うのか」 「わからない……あっ」 瞬の心は決してそんなことは望んでいないのに、瞬の身体は、氷河の秘密めいた愛撫から逃れようとするかのように身を引こうとする。 氷河にしがみついていないと、本当に瞬の身体は 氷河の愛撫から逃げ出してしまうに違いなかった。 欲しいと望んでいるのに、瞬の身体は怯えているのである。 いつもなら逃げようとする瞬の身体を押さえ込み、愛撫を続けようとする氷河の手に、今日は妙に熱がない。 「で……も、氷河とこうしてるのは好きだよ。氷河は時々とても意地悪だけど、僕、氷河に意地悪されるたび、気が狂いそうなほどいい気持ちになれるから」 氷河の機嫌を損ねるようなことを言って、ここで氷河の興を 彼を受け入れるのは怖いと言い張る身体を 意思の力で捻じ伏せ、腰を浮かせて、せがむように氷河に押しつける。 いずれにしても瞬の取り繕いは遅きに失し、その言葉は氷河を喜ばせる類のものになっていなかったらしい。 「俺は意地悪じゃなく、おまえを喜ばせるためにしているんだ」 氷河は愛撫の手を止め、それだけではなく、瞬から離れベッドを出てしまった。 「ああ……!」 身体のどこにも氷河の熱を感じることのできなくなった瞬が、小さな悲鳴をあげる。 これが意地悪でなくて何が意地悪なのだと氷河を責める余裕は、瞬にはない。 自分の手で自分を鎮めることのできない瞬は、愛撫の途中で捨て置かれた切なさに、ベッドの上で身悶え、のたうつことしかできなかった。 苦痛に苛まれる呻きにも似た間歇的な喘ぎを洩らし、氷河に意地悪をやめてほしいと全身で訴える。 「氷河……氷河、僕に触って。今日はだめ。今日、氷河に意地悪されたら、僕、本当に狂ってしまう……!」 「そんなことを言って、おまえは狂ったためしがないじゃないか。おまえの精神は驚くほど強靭だ。身体はこんなに細くて繊細なのに」 シーツの上で銀色の魚がのたうつような瞬の様子を見おろしていた氷河は、だが、本当に その魚に死なれてしまっては困るので、やがて、瞬が喘いでいる寝台に再び腰をおろした。 瞬の望み通り、その手で頬に触れてやる。 瞬は、二度と離すものかと言わんばかりの強さでその手を掴み、氷河の手を自分の胸に運んだ。 氷河が気まぐれに指を動かすたびに、嬉しそうな喘ぎ声を洩らす。 「もっと他に触ってほしいところがあるんだろう?」 瞬の希望通り意地の悪い口調で、氷河は瞬に尋ねた。 さすがにそこに氷河の手を運ぶことはできないらしく、瞬は固く目を閉じたままで、つらそうに首を横に振った。 瞬の身体が望んでいることは明白で、氷河はもちろん瞬自身も、それを承知していた。 だが、瞬は、どんなに苦しくても、必ず最後まで 自らの欲望に抵抗してみせるのが常だった。 瞬は、ある意味では、思春期の処女より潔癖な人間だった。 本来なら、他人と肉を交え、体液を交換し合うような この交わりは、瞬にとっては忌むべき行為でしかなかっただろう。 その歓喜の激しさを氷河に教え込まれることがなかったら、瞬は一生この行為を知らないままでも平気で過ごしていたかもしれない。 だが、瞬は、それを知らされてしまった。 だからなのか、瞬は、自らの中に決して犯してはならない奇妙なタブーを設定することで、自身の潔癖と性の歓喜の間で折り合いをつけているらしかった。 氷河にはその基準がよくわからなかったのだが、ともかく瞬は、こういう場面で自分のものにでも氷河のものにでも、自らの手で性器に触れることを忌避していた。 まだ瞬は狂わない――その限界を見越して、氷河は、瞬がどうするつもりなのかを、自分からは動こうとはせず無言で見守っていた。 瞬の喘ぎと苦悶は、いよいよ激しくなっている。 こらえきれずにタブーを犯すかと氷河が思った瞬間に、瞬は氷河の右腕に両手でしがみつき、氷河の身体を自分の上に引き倒した。 そして、氷河の手を、自分の性器ではなく氷河の性器に運び、押しつける。 瞬は、氷河の手に氷河のものを煽らせて、自分の欲しいものを手に入れることを考えたらしかった。 瞬はあくまで、自分の手や自分の性器を自分で汚す気はないらしい。 瞬のやり方に面食らい、氷河は結局 根負けしてしまったのである。 「おまえの意地も相当のものだな。鉄壁だ」 氷河は瞬の潔癖に屈してやることにした。 「俺の方は、改めて煽る必要はない」 瞬の道具にされている手を、瞬の膝に伸ばしながら、氷河は告げた。 瞬が扇情的な動きで悶え苦しむ様を見詰めていることは、物理的な刺激よりずっと氷河を刺激するものだった。 本当は氷河の方が、瞬よりもずっと強い欲望に耐えて、この時を待ちかねていたのだ。 急くように瞬の身体を開かせ、その中に、瞬が欲しがっているものを一気に埋め込み、突きあげる。 「あああああっ!」 望むものを手に入れた瞬は、乱暴に犯される被害者の顔をして、歓喜の声を白いシーツの上に響かせた。 表面でどれほど取り繕っても、氷河を待ち焦がれていた瞬の内奥は、実に正直に、実に性急に 氷河に絡みつき、むさぼるように強く攻め立ててくる。 無数の舌が吸いついてくるような瞬の肉の感触に、氷河は低い呻き声を洩らした。 この刺激に長く抵抗を続けることは難しい。 初めて瞬を抱き貫いた時には、瞬の身体の内の淫乱に、氷河は眩暈を覚えたほどだった。 そして、瞬を抱くようになってから、氷河は随分と忍耐強くなった。 その上、これほど執拗に激しく氷河を煽り貪りながら、瞬はどこまでも猛り狂う獣に犯される か弱い自分を演じ続け――自分でも自分をそういうものと信じているらしい。 瞬の誤解を解く必要もないと思っている氷河は、瞬の期待通りに飢えて凶暴になった獣を装い、乱暴な抜き差しを繰り返すことで、瞬を翻弄し、喘がせ、最後には瞬から悲鳴と涙を手に入れる。 とはいえ、瞬が演じているのではないように、氷河もまた、演じて獣じみた真似をするわけではなかった。 瞬と身体を交えているうちに自然にそうなってしまう――というのが本当のところだった。 被子植物が美しい花の姿をその身に備えているのは、人の目を楽しませるためではなく、受精という ただ一事のためである。 瞬は、その外側は白い花のように清らかで か弱いのだが、その内部には花の本質を潜ませている。 そういう意味で、瞬は花そのものだった。 瞬自身も知らないその秘密を、いつまでも独占していたいという思いが、氷河を殊更 凶暴にする。 自分は力で犯されているという認識を瞬が持つことになっても、それは当然のことかもしれなかった。 そうして、心身のすべてで 望むものを享受した瞬は、嵐に耐え抜いた健気な花のように、やがてまた控えめでつつましやかな花の姿だけを見せつけて、深い眠りに落ちていくのである。 |