翌日の午後、氷河は早速瞬に仕事を持ちかけてきた。
「瞬、どこかに出掛けよう」
「どこかって」
「どこか行きたいところはないのか」
「僕は、氷河が外出する時に付き合ってあげるって言ったんだよ。用もないのにわざわざ外に出ることはないでしょう」 
「おまえが俺の彼女として通用するか、早く試してみたいんだ」
どう考えても氷河は、この試みを面白がっているとしか思えない。
気負い込んでいる氷河の前で、瞬は小さく溜め息をつくことになってしまったのである。

「じゃあ、動物園」
「動物園か。わかった」
そんなところにホスト勧誘作業にいそしむ人間がいるはずがない。
そして、そんな場所に いそいそと出掛けていっても、『同性の仲間が彼女として通用するかどうかを試してみたい』という氷河の目的が果たされることはない。
動物園に行きたいと告げることで、瞬は氷河の誘いを婉曲的に断ったつもりだったのだが、案に相違して、氷河は二つ返事で瞬の希望を聞き入れてしまった。
「すぐ上着を取ってくる!」
言うなり自室に向かって駆け出した氷河の勢いに急かされて、瞬は――瞬までが――慌てて外出の準備に取り掛からざるを得なくなってしまったのである。

かくして、それからきっかり10分後、外出の準備を万端整えた二人は、城戸邸のエントランスで 再会することになったのだった。
いざ出陣というところに、星矢と紫龍が通りかかる。
「お、早速出掛けるのか」

しっかりとエルメネジルドゼニアのジャケットを着込み、いつもはその存在すら忘れているボタンまで留めている氷河の姿を見て、星矢は嫌そうに眉をひそめた。
「なんか、おまえ、いつもよりめかしこんでねーか」
「瞬の横にいる男がビンボーたらしいのでは、瞬に彼女の振りを頼んでいる俺としても心苦しいからな」
「それは殊勝な心掛けだが、そうしていると、おまえは普段の5割増しで女たらしに見えるな」
「何とでも言え」

言いたいことを言ってくれる紫龍を、氷河はあっさり無視した。
なにやら含み笑いとしか言いようのないものを口許に刻んでいる仲間たちに見送られ、そうして氷河と瞬の恋人ごっこは始まったのである。






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