それから二人の何が変わったわけでもない。 氷河は以前のように滅多に外出しなくなり、外出の際に無理に瞬を伴うこともなくなった。 かといって、瞬を無視しているわけではなく、二人の用件が重なれば、二人で出掛けることもする。 二人の間にあった ぎこちなさは確かに嘘のように消えてしまったが、二人が いわゆる“本物の”恋人同士になった気配も、星矢には感じ取ることはできなかった。 「なんか、元に戻っちまっただけみたいだな」 結局二人は 二人の恋を実らせることを諦めてしまったのだろうかと、少々気が抜けた気分で、星矢はぼやくことになってしまったのである。 「そうでもない」 そんな星矢に、紫龍はゆっくりと横に首を振ってみせた。 「ついこの間まで二人の間にあった苛立ちのようなものが消えて、やりとりが自然になったし、何というか、言動の一つ一つに気持ちの交流のようなものを感じる。あの二人、やっと自分ではなく相手の心を見ることを始めたんだろう」 「そんなもんかなー」 確かに紫龍の言う通り、二人は二人の恋を諦めたのではないようだった。 折々に 氷河が切なげな眼差しを瞬に投げているのは、以前と全く変わっていないし、瞬もそれは同様だった。 以前と違うのは、氷河は瞬の、瞬は氷河の、自分に向けられる眼差しに気付いているらしいこと――くらいのものだったのである。 日々は以前の穏やかさを取り戻し、氷河と瞬は最近は命を懸けた闘いを共に闘う仲間として、ごく自然に接し合っている。 どこか ちぐはぐだった二人の間は しかし星矢は、それでも 完全に落ち着いてしまうことができずにいたのである。 彼は、はっきりと目に見える大団円の証のようなものを、未だに見ていなかったのだ。 そんなふうに、落ち着いたようで落ち着ききれていない ある日、星矢は、城戸邸の庭先に立つ氷河と瞬の姿を見ることになった。 春の庭には、降り積もった雪のような こでまりの花が満開で、自然なのに どこか親密な空気を二人の周囲に感じ取った星矢は、思わず白い花の陰に隠れてしまったのである。 花の中での隠れんぼという実に風流な遊びに興じることになった星矢の耳に、妙に明瞭に響く瞬の声が届けられた。 「氷河は最近、もしかしたら、木の芽時の青少年みたいな若さゆえの欲望を持て余してるの?」 「もしそれが、おまえの身体を傷付けるだけの行為だったなら、一生我慢しようと思っている」 瞬の訊き方は 挑発するように露骨で、氷河の返答は 情味の欠如を感じるほどに抑制的だった。 だが、星矢には、二人が相手の気持ちを思い遣り合っているからこそ、そういう言い方になるのだということが、ぼんやりとではあったが感じ取れたのである。 星矢にわかることが、今の氷河と瞬にわからないはずがない。 ほんの短い間を置いて、意を決したように瞬は氷河に告げた。 「僕、何となく――氷河とだったら、何をしても、何をされても、嬉しいような気がするんだ。どんなことでも喜べそうな気がする」 「……」 氷河がすぐに答えを返さなかったのは、瞬を欲しがっている男のために 瞬が無理をしているのではないかということを疑ったから――のようだった。 しばし瞬の瞳を見詰め、彼はそれが瞬の虚勢でも不本意でもないことを確信できたらしい。 まもなく氷河は――氷河こそが、無理に自分の喜びを抑えているような様子で――瞬に頷いた。 「じゃあ、今夜」 「うん。今夜」 彼等の会話が聞こえるところに天馬座の聖闘士が隠れていることに気付いた様子もなく、二人はそれだけを約束して、やがて別々の方向に立ち去っていった。 息を潜めて二人のやりとりを盗み聞いていた星矢は、二人の姿が完全に春の庭から消えたのを確かめてから、やっと全身の緊張を解いたのである。 落ち着くべきところに、二人は落ち着こうとしているらしい。 落ち着かず、傍でやきもきしていたのは自分だけだったのだと知った星矢の喉の奥から笑いがこみあげてくる。 天馬座の聖闘士の目と鼻の先で、雪と見紛うほどに白く小さな花を無数につけた こでまりが、やはり笑うように揺れていた。 Fin.
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