ヒョウガが豹変したのは、その時からだった。 派手な悪戯は鳴りをひそめ、たまに軽率や失敗をして 大人たちに咎められることがあれば、すぐに『ごめんなさい』を言う。 突然“素直ないい子”になってしまった我儘な王子に目をみはることになった大人たちに、ヒョウガは必死に訴え続けた。 「俺は いい子になるから、シュンといてもいいよな?」 「シュンと一緒にいさせてくれたら、勉強もちゃんとするし、作法も守るから」 「シュンは、俺のたった一人の大事な友だちなんだ」 あの出来事を境に、ヒョウガが礼儀正しく 滅多に口答えしない子供になったのは、自分が悪さをすると、それがシュンのせいにされてしまうかもしれないという懸念を、ヒョウガが抱くようになったからだった。 シュンは友人に悪影響を与えるような存在ではないということを、大人たちに示すためだった。 良いことをして褒められれば、「シュンがそうしろと言ったんだ」「シュンと一緒にしたんだ」と言い、決してそれを自分だけの善行にはせず、必ず自分よりシュンを立てた。 接遇の場での出来事を知る者たちは、それまで手のつけられない悪戯坊主だったヒョウガの健気に、いたく胸を打たれることになったのである。 やがて ヒョウガの評価は、『苦労知らずの我儘王子』から、『大国の王子としては、少々豪胆さに欠ける。優等生すぎて覇気がない』に変わり、そして、ヒョウガがそういう類の評価を受けるたびに、シュンはその件に関して責任を感じることになったのだった。 「ヒョウガは王子様なんだから、もっと威張って、もっと偉そうにして、威厳とか貫禄とかを身につけて、僕を顎でこき使ってくれなきゃ、僕が困るんだよ!」 シュンに そう叱咤されるたびに、“口答えをしない”ヒョウガは素直に、 「今度からそうする」 と言って詫びるのだが、その言葉が実行されることは一度もなかった。 シュンはますます声を荒げることになり、そんなシュンに、ヒョウガはいつも穏やかな微笑を返すだけ。 そうして10年。 自分が“コロサレる”ことなく、誰からも迫害を受けずに 今日まで過ごしてこられたのはヒョウガがいてくれたからであり、自分が今生きていることさえヒョウガのおかげだと、シュンは信じていた。 長ずるに従って 失われた祖国のことも知ることになったが、シュンにとっては、今は地上に存在しない祖国などより、ヒョウガの方が はるかに重要で意味のあるものだった。 だからシュンは、自分が生まれた国に郷愁を覚えることさえなく、自分の両親がいかなる者たちだったのかを考えることもほとんどなかったのである。 失われたシュンの祖国――『メスラム』という国の名は、人がいずれは必ず到達する場所――死の国――を意味するものらしい。 そこには、強大な力を持つ傲慢で冷酷な王がいたのだそうだった。 彼は、聡明で政治にも軍事にも長けた美しい王であったらしいのだが、ある日突然、地上を汚している醜悪な人間たちを粛清するため――という大義を掲げ、周辺の国々への侵略を開始したらしい。 自らの行為は正義であると信じている王が始めた戦いは、彼に従わない者たちに対して過酷で容赦がなく、彼の率いる軍隊が通ったあとは、それこそ死の世界と見紛うほどだった――という。 メスラムの王が引き起こした正気の沙汰とも思えない戦いに、周辺の国々は同盟軍を作って対抗し、その盟主となったのが、同盟国の中で唯一 メスラムに独力で対抗できるほどの国力を備えていたヒョウガの国ヘレネスで、戦の終結ののち、メスラムの国の領土はほとんどヘレネスに併合された。 メスラムの国は破れ、残虐な王は、ヒョウガの父の配下の将軍に命を奪われた。 ほとんど焦土と化していた戦場で泣いているシュンを見付けたのは、ヒョウガの父だったという。 戦で親と家をなくしたらしい敵国の子供を哀れんだ彼は、そうして、シュンを彼の城に連れてきた――。 メスラムの国が滅び去った時、シュンは、頼るものとてない3、4歳の子供だった。 戦勝国の国王であるヒョウガの父が、なぜ敵国の孤児を拾い救い、あまつさえ王宮に引き取るなどという酔狂をしたのかは、シュンにはわからず、他の誰も知らなかった。 シュンが事情を知っていそうな者に尋ねても、 「シュン様がお可愛らしかったからでしょう」 「腕白すぎる王子の側に、同年輩の大人しい子供を置くことで、ヒョウガ様にご自分の傍若無人振りを自覚してほしかったからなのでは?」 等々、推測の域を出ない答えが返ってくるばかりだった。 やがて、シュンは、自分がなぜこの城に身を寄せることになったのか、その理由を知ることを諦めた。 知ってどうなるものでもない過去より、やがてはヘレネスの国の王になるヒョウガの未来の方が、シュンには大事だったのである。 とにかくヒョウガに大国の王子らしい威厳と尊大さを身につけさせることが、目下の自分の使命だと、シュンは思っていた。 国王にふさわしい豪胆をさえ身につければ、ヒョウガは外見も美しく、身体も頑健、洞察力と判断力を備え、剣術・作法・教養は完璧な、文句の言いようもない王子なのだ。 幼い子供の頃に、ヒョウガがきかん気だった分、自分が慎重――というより臆病――だったことを考えると、自分が控えめになれば、その分ヒョウガが自己主張するようになってくれるではないかと考えたりもしたのだが、シュンがそんな話を持ちかけていっても、ヒョウガはいつも静かに微笑むだけだった。 そんな彼を見ていると、シュンは焦れて、つい語調がきつくなってしまう。 そうして、事態は、シュンの意図とは違う方へ違う方へと進んでいくのだった。 |