「では、おまえが許してほしいのは、内なる神――つまり自分自身か」 「え……」 紫龍に言われ、瞬は暫時考え込んだ。 そうなのかもしれない――と、思う。 誰に許してもらいたいわけでもない、自分が得心できさえすれば、それがどれほど困難でつらいものであったとしても、宿命のように定められ、同時に自らが選んだ道でもある道を、自分は迷うことなく歩んでいけるのかもしれない。 だが、完全な存在ではない人間が自分を許してしまったら、誰もが自らの罪を良しとしてしまったら――人の世は混乱するばかりだろう。 それは、あってはならないことなのだ。 だから、人は“神”を求める――。 信教を持たない人間が、生きていく上で、信教を持たない人間より苦しむのは、致し方ないことなのだろう。 神を持たない人間は、自らの苦しみや悩みや善悪の判断を 他者に委ねることができないのだから。 信じる神を持っている人間は、ある意味気楽なのである。 善悪の規範を、神が――宗教が――提示してくれる。 彼は、自分で考える必要はない。 その上、その規範にのっとっていさえすれば――彼の神に『許す』と言ってもらえれば――、彼はそれで自分自身を許すこともできるのだ。 しかし、アテナの聖闘士たちに、そんな気楽は許されない。 彼等の神は、人を許す権利を持たない“人間”にすぎないのだ。 「いずれにしても、そうなると、それは おまえがおまえの中で戦い、答えを見い出すしかないことだ」 紫龍は、苦悩する仲間を突き放したわけではなかった。 彼はそう言うことしかできなかったのである。 彼が『許す』と言ったところで、瞬は心の平穏に至ることはできないのだから。 「うん……」 それが紫龍なりの誠実だとわかっている瞬が首肯する。 「答えなど見い出せなくてもいいと、俺は思っているが」 「うん……」 頷きながら、瞬は、紫龍に力無い笑みを向けた。 答えを見い出すことを、瞬は――瞬も――実は既に諦めかけていた。 アテナの聖闘士たちが闘わなければ、無体な力に屈従を強いられ不幸になる人が出る。 だから、アテナの聖闘士たちは闘わないわけにはいかない。 そのつらい義務から、瞬は、自分だけが逃げるわけにもいかなかった。 人を傷付けずに済むのなら、たとえ仲間たちにでも 卑怯者と呼ばれることは恐ろしくはなかったが、瞬ひとりが闘いの場から逃げ出しても、瞬の仲間たちは瞬をなじったりはしないだろう。 むしろ、『瞬のためには、その方がよかった』と瞬の卑怯を喜び、 そんな仲間たちと離れることに、瞬は耐え切れる自信を持っていなかった。 瞬は、仲間たちなしには もはや生きていることのできない自分自身を自覚していた。 瞬の仲間たちは、瞬が知る人間たちの中で最も強く、最も誠実で、そして、最も優しい人間たちだったから。 |