それから数日後。
沙織の帰国を待ちかねたように城戸邸を襲撃してきた敵は、実に奇妙な敵だった。
何が奇妙といって、彼等――2、30人はいただろうか――は、実にあり得ないほど弱かった――のである。
アテナの聖闘士と闘えるほどの戦闘力を、襲撃者たちは全く有していなかった。
彼等は、それなりに格闘技の心得はあるようだったが、多少小宇宙の力に目覚め始めているかもしれない――というレベルの、つまりは、ごく普通の人間だった。

敵のあまりの手応えのなさに、アテナの聖闘士たちは、彼等の目的は女神アテナではなく、グラード財団総帥・城戸沙織なのではないかと疑うことさえしたのである。
しかし、彼等は城戸邸に押し入る際、『アテナ』もしくは『聖闘士』という言葉をわめき散らしており、それが沙織を女神アテナと知っての狼藉であることは確実だった。

戦闘力の差は歴然。
アテナの聖闘士たちは、力を抑えて闘うために苦慮しながらのバトルを展開する羽目に陥った。
戦闘能力は無いも同然なのに、殺意と敵意だけは激しい敵。
瞬もまた、仲間たち同様、でき得る限り小宇宙の燃焼を抑え、ともかく敵の動きを封じることだけを意識して、拳は使わずにチェーンだけで彼等の相手を務めていたのである。

戦闘が始まって10分も経った頃だったろうか。
瞬は、突然彼の耳に飛び込んできた、
「兄さんっ!」
という言葉に、一瞬、自分の現在の状況を忘れることになった。
(え……?)
瞬が言い慣れ、聞き慣れた その言葉。
声のした方を振り返ると、そこには一人の男が仰向けに倒れていた。

瞬のチェーンによって足をすくわれた際、受け身を取り損なって転倒した弾みに、彼は運悪く城戸邸の車寄せの脇に置かれていた庭石で後頭部を打ってしまったものらしい。
彼の頭からは血が流れ、彼自身は完全に意識を失っているようだった。
倒れた男に、闘いを忘れてすがりついている、まだ少年と言っていい年頃の“敵”が一人。
「兄さんっ、兄さん、兄さんっ!」
敵の弟の、悲鳴に似た声を聞かされて、瞬は呆然とその場に立ち尽くすことになってしまったのである。

兄の負傷を嘆くばかりで反撃も仕掛けてこない弟――敵。
闘う意思も力も、瞬は彼から感じ取ることができなかった。
敵――この弱い者が自分の敵なのかと、瞬は激しく動揺してしまったのである。
幼い頃、聖闘士になる前、もし兄の身に同じことが起きたなら自分がそうしていただろうように、兄のために嘆き戸惑うことしかできない弟。

瞬は、もう一度その手にチェーンを握りしめることができなかった。
瞬の仲間たちが、動けなくなった瞬の分も、自分よりも弱い者を倒すという不名誉を、その身に引き受けてくれた。






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