シュンに会わずにいられるのは2日が限度だった。
ヒョウガはその日、人間たちの罪深さに絶望したキリストのような気持ちで、シュンのいる牢獄に向かった。
会えば苦しいのに、なぜ会わずにいられないのか、シュンに笑顔の一つも楽しい話題の一つも提供してやれないのに、自分がシュンに会うことに何の意味や益があるのか――と疑わずにはいられない。
それでも、ヒョウガは、シュンに会いにいかずにはいられなかった。

夕刻の独特の色が、シュンの部屋を満たしている。
夜にはまだ早い時刻なのに、シュンの部屋には既に灯りがともっていた。
2日振りに牢獄に姿を現したヒョウガの憔悴した様子に、シュンは驚いたようだった。
そして、長いこと無言でモンテ・コルヴィノ一門のはみ出し者を見詰めていた。
やがて、意を決したように口を開く。

「ヒョウガ、僕を汚して」
「……」
ヒョウガは最初、シュンが何を言っているのか理解できなかった。
まもなく言葉の意味だけは理解できるようになったのだが、シュンの意図はわからないままだった。
それはシュンが――シュンだけは言ってはならない言葉だった。
シュンにとって、それは、死を望む言葉以外の何ものでもないのだ。
それがわからないシュンではないはずなのに、シュンは彼が口にした言葉を取り消そうとしない。

「それで、ヒョウガは、枢機卿の命令を果たすことができて、まずい立場から解放されるんでしょう?」
「シュン……」
シュンは誤解している。
しかも、それは、ヒョウガには耐えられないほど屈辱的な誤解だった。
「ヒョウガは自分が犯した罪を自分の罪として受け入れることができるよね? 他の人にその罪を押しつけたりなんかしないよね? ヒョウガがそんな卑怯の罪だけは犯さないでくれるのなら、僕は……いいです」

なぜそんな誤解ができるのだろう。
全人類の罪を その身に引き受けようとしているイエスのように 覚悟を決めた目をしているシュンに、ヒョウガはどうしようもない憤りを覚えた。
シュンはヒョウガに『好きだ』と言われたことさえなく、シュンの誤解は至極当然のものだというのに、ヒョウガはシュンの決意に腹が立った。

「俺が苦しんでいるのは、命じられた務めを果たせないからじゃない! おまえを汚したくないからだ……!」
それまでは、真意は読みとれないまでも何らかの感情が浮かんでいたシュンの顔から、すべての表情が消える。
何も感じているものがないような無表情で、シュンは、悲痛な叫びを叫んだモンテ・コルヴィノ一門のはみ出し者を、何も言わずに長いこと見詰めていた。

神の審判を受けている罪人の気持ちで、ヒョウガはその沈黙が終わる時を待つことになったのである。
ヒョウガの神が、やがて困惑したように瞼を伏せ、小さな声で審判を下す。
ヒョウガには信じ難い判決だった。
「そうかもしれない……と思っていました。ううん、そうだったらいいと願っていた」
シュンはそう言ったのだ。
それまで蒼白だった頬に、僅かに血の色を取り戻して。






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