「で……でも、僕が今更、本当は僕も氷河のことが好きでしたなんて言っても……」
「氷河は盛大に踊り狂って喜ぶと思うが」
「氷河は、おまえに甘い情けない男になるのが夢なんだと。叶えてやれよ」
「……」

それでもまだ ためらいを見せる瞬に、紫龍が再び問うてくる。
「それとも、おまえは、氷河がおまえにしたことが許せないのか」
彼は、瞬の答えが『否』であることを見越して、その問いを発したものらしく、すぐに首を横に振った瞬に、ゆっくりと頷いた。
「なら、おまえが勇気を出せばいいだけだ」
「そうそう。歌にもあるじゃん。勇気一つを友にして〜とかっての。“今月の歌”とかいって、星の子学園のガキ共が歌ってたぜ」

ギリシャ神話のイカロスを題材にして作られたその歌を、瞬も子供の頃に歌ったことがあった。
勇気だけを友にして太陽に向かって飛び続け、やがて地面に叩きつけられ死んでしまった、哀れな少年の歌。
幼い頃には、到底明るい結末とは言い難いその歌の意味を得心できないまま歌っていたような気がする。
それは無謀な挑戦を戒める歌ではなく、それでも飛び立たなければ人は生きているとは言えないことを訴える歌だったのだろう。

「もし、おまえと氷河が飛び立った空から落ちそうになったら、その時は俺たちが俺たちの翼を貸してやるぞ」
「みんな揃って地面に叩きつけられそうになってもさ、きっと沙織さんが俺たちを受けとめてくれるって」
勇気だけを友にして飛び立ったイカロスとは異なり、瞬の友は勇気だけではなかった。
人としてここまで恵まれた存在である自分に、いったい何を恐れることがあるのだろうと、瞬は思ったのである。
仲間たちと氷河と、そして自分自身のために、瞬は意を決して立ち上がった。

それまでひたすら瞬を奮い立たせることにばかり傾注していた星矢が、足許がふらついている瞬の様子を見て、にわかに心配顔になる。
「大丈夫か? 別に今すぐでなくても――」
肝心のところで詰めが甘い星矢に、瞬は笑って左右に首を振った。
「氷河は僕に甘いから、僕がこんなふうでいたら、きっとかわいそうに思って、僕の臆病を許してくれると思うんだ」

星矢の横で気遣わしげな目をしていた紫龍が、瞬のその言葉を聞いて、安堵したような微笑を浮かべる。
「頭はちゃんと働いているようだな。うまくやれ」
「うん。ありがとう」

人がその小さな胸に勇気と希望を生むことができるのは、彼が一人だけで生きているものではないからである。
いつもどんな時にでも 勇気と希望を生むための力を分け与えてくれる仲間たちに礼を言って、瞬は、たった一人でさまよっていた迷宮から脱出するために、その背に埋もれていた翼を大きく広げたのだった。






Fin.



■ 『勇気一つを友にして』 作詞:片岡輝 作曲:越部信義



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