白鳥と姫君






昔々、聖域にはアテナという女神が君臨し、地上の平和を守っていました。
アテナは平和を愛する戦いの女神でした。
戦いの女神が平和を愛するなんて矛盾していると思われるかもしれませんが、要するに彼女は、
「平和や幸福を望むなら、人間たちは自らの力でそれらのものを戦い 勝ち得よ」
という考えを持った神様だったのです。
そのために努力する者には惜しみなく力を貸しますし、恩寵も垂れてくれるのですけど、平和や幸福は誰かから与えられるものだと考えているような怠け者に対しては、彼女はあまり優しくない女神様でした。

ところで、アテナは戦いの女神でしたけれど、彼女自身がその身をもって戦うことは滅多にありませんでした。
アテナには、聖闘士という彼女に従う者たちがいて、実際の戦いは彼等が受け持っていたのです。
アテナに最も近しい聖闘士――つまり、彼女に最もこき使われている聖闘士は、天馬座の星矢、龍座の紫龍、白鳥座の氷河、アンドロメダ座の瞬、鳳凰座の一輝の5人。
彼等は、アテナの推奨する平和を壊そうとする邪悪には 全力で倒しにかかりましたが、平和なときにはごく普通の少年たちで、普段はアテナの御座所である聖域でそれなりに仲良く暮らしていました。

『それなりに』というのは、白鳥座の聖闘士と鳳凰座の聖闘士にはちょっとした因縁があって、彼等二人は少々仲が悪かったのです。
彼等の間にある因縁というのは他でもありません。
実はアンドロメダ座の聖闘士の瞬と白鳥座の聖闘士の氷河は恋し合っていて、瞬の兄である鳳凰座の一輝は、二人の恋を快く思っていなかったのです。
むしろ二人にはさっさと破局してほしいと、一輝は常々願っていました。
そんな一輝を、氷河が好ましく思っているはずがありません。

ですが、氷河と一輝は、取っ組み合いの喧嘩をするのも不愉快なほど互いに嫌悪し合っていたので、二人の不仲が実際のバトル等、目に見える争いに至ることはありませんでした。
たまに皮肉の応酬をしたり、冷ややかな笑みを投げかけ合うことはありましたけど、普段は互いを無視し合っていましたので、洞察力のない人が見たら、二人が犬猿の仲だということには気付かなかったかもしれません。

世の中というものが、もし一対一の人間関係だけで成り立っているのなら、嫌悪し合っている者たちが思う存分喧嘩をするのもいいでしょうが、社会というものは、そう単純な構造をしているものではありませんからね。
もし氷河と一輝が毎日あからさまに憎悪のぶつけ合いをしたりしたら、二人を好きな瞬は彼等の間でおろおろすることになったでしょうし、他の仲間たちだって そんな二人を迷惑に思ったことでしょう。
氷河と一輝は二人共あまり社会性に恵まれている人間ではありませんでしたけれども、最愛の弟や恋人や仲間たちに不快を感じさせないように努めようとする思い遣りの心だけは、かろうじて有していました。

そんなわけで、聖域の聖闘士たちは、一見したところでは、みな仲良く平和に暮らしていたのです。






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