人の目が実は何を見ているのかなどということは、他人の目には容易に見極めがつかないものである。
いつも見詰められていたのに、あるいは睨まれていたのに、シュンもセイヤも ヒョウガの目が本当は何を映していたのかを全くわかっていなかった。
わかってみれば、それは非常に納得できるものだったのだが。

「俺がこの国の正式な世継ぎなんだぞ。偉いんだぞ。もっとちやほやするもんだろう、普通は!」
真実が見えるようになった途端、ヒョウガとシュンは、未来の大公の護衛の名のもとに、セイヤの目の前で互いの視線を絡ませ合いながら任務に励み始め、彼等の忠勤振りはセイヤの気分を大いに害することになったのである。
おべっかを使わない者の方が信用できるのは事実だが、それにしても、ここまであからさまに未来の大公の存在を無視されるのは、細かいことは気にしないセイヤでも さすがに気分が悪かった。

「ヒョウガはシュンに仕えたかったそうだからな。ヒョウガの主君のシュンはおまえに忠実なんだから、問題はないだろう」
シリュウの言う通り、確かに問題はなかった――ヒョウガの告白劇によって、問題はすべて一掃されてしまったのだった。

時と場所をわきまえないヒョウガの告白の衝撃は、その場にいた数百人の列席者の記憶から、皇太子暗殺未遂事件であるシャンデリア落下の事実を綺麗に消し去ってしまったのである。
ヒョウガの非常識な告白劇のインパクトは、シャンデリア落下のそれよりも強烈だったらしい。
その日以降、バーデン大公国の内外で語られる皇太子宣誓式の内容は、バーデン大公国の皇太子のボディガードの恋の告白のことばかりで、多数の列席者の目の前で展開されたバーデン大公国の大公位継承争いの内紛のことなど、誰の記憶にも印象にも残らなかったらしかった。

皇太子暗殺の証拠は山積みになっていて、それを議会に提出すれば第二皇子の大公位継承権は未来永劫剥奪されるだろうと脅された大公妃はすっかり大人しくなり、肝心の第二皇子は、自分もヒョウガのような恋がしたいなどと阿呆な夢を見始める始末。
ヒョウガの恋は、その恋の目撃者となったすべての人間から理性というものを奪い去り、ドイツ同盟加盟諸邦に一種の熱病を流行らせることになってしまったのだった。

そして、ただ一人、この騒ぎで理性の大切さを思い知ったセイヤは、シリュウの指導・協力のもと、至って真面目に大公になるための勉強に取り組み始めることになったのである。
へたに机の上の書類から目を放して顔をあげると、仕事にかまけていちゃついているヒョウガとシュンの姿を見る羽目になるバーデン大公国皇太子としては、視線を机の上にのみ据え、懸命に勉学に励むしかなかったのだ。
有能かつ勤勉な君主を得たバーデン大公国が、先代以上の繁栄を謳歌することになったのは、改めて言及するまでもない歴史的事実である。






Fin.






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