そうして向かった『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』の会場であるジュデッカ。
そこに一歩足を踏み入れて、星矢たち選手一同は驚愕することになったのである。

ジュデッカの正面には、おそらくは聖闘士たちの戦いを映し出すための巨大スクリーンが設置されていた。
中央には、一見ボクシング用リングに似た、ロープの張られた四角形のスペースが確保されている。
その上、リングの周囲には、リングを見おろすことのできる観客席が設けられていて、そこには、現代人の感覚では 少しばかり凝ったデザインの下着としか思えない衣装を身に着けた大勢の老若男女が着席していた。
一般観客席の他に、10余りのボックス席が設けられていて、そこには、ハーデス、ポセイドン、アポロン、アルテミス等、星矢たちも見知った顔がある。

「な……なんなんだよ。この白いひらひらを着た連中は…… !? 」
「ボックス席にいるのは、ハーデスとオリュンポス12神だな、察するに。してみると、この見物人たちは、いわゆるギリシャの神々か」
「なにぃ !? 」
素頓狂な声をあげた星矢の顔が、徐々に強張っていく。
大舞台で主役を張ることに慣れている星矢でさえ そうだったのだから、他人の注目を集めることに慣れていない白銀聖闘士たちの驚愕と緊張は、星矢の比ではなかった。
試合開始の時を今か今かと待っているらしい神々の様子に すっかり気圧けおされ、彼等は顔だけでなく全身を強張らせることになってしまったのである。

もちろん、アテナの聖闘士たちは、彼等の女神を敬愛していた。
ギリシャ神話の中でも、知恵と戦いの女神アテナは、神々の中で最も卓抜した女神として描かれ、他の神に勝ることはあっても、決して劣ることはない至高の神である。
しかし、アテナの聖闘士たちにとって、アテナは、いわば身内だった。
身内がひとり見物する試合と、“よその家”の大勢の神々に注目される試合とでは、緊張の度合いが違う。
言ってみれば、今の星矢たちは、文部科学大臣を勤める実母といることより、大学を出たばかりの新米担任教師との面接に緊張する生徒学生のようなものだった。

「てっきり白銀聖闘士たちの名誉回復が目的かと思っていたが、そんな単純なものではなさそうだな。いつ地上の支配を目論んでもおかしくないギリシャの神々が一同に会しているということは――表面だけでも平和を謳うオリンピックやシンポジウム、あるいは神々を互いに牽制させ合うのが目的の国連総会のようなものか……」
急に深刻度を増した紫龍の口調に、星矢は思い切り顔を歪めることになった。

「うえ〜。俺たち、こんなとこで、『にらめっこしましょ、あっぷっぷ!』なんて阿呆なことすんのかよ!」
家族と友人の前でヘタなお遊戯発表会をするつもりでやってきた幼稚園児が、突然 見知らぬ他人の鹿爪らしい顔が並んだ国連総会会議場に引きずり出されて、リラックスしていられるわけがない。
星矢の困惑は当然のものだったろう。

しかし、ギリシャの神々は、アテナの聖闘士とはいえ たかが人間の戸惑いや緊張などおもんぱかるつもりはごうほどにもないらしい。
それはアテナも同様で、彼女は彼女の聖闘士たちに何の説明もせずに開会宣言を行ない、そのまま『第一回 アテナの聖闘士による 大にらめっこ大会』は、本当に始まってしまったのだった。






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