「まあ! まあ、まあ、まあ、なんてこと! なんてことなのっ!」 身長は以前のまま、肩幅が狭くなり、腰がくびれ、胸にやわらかい曲線をたたえている鳳凰座の聖闘士の姿を認めると、女神アテナは、遠慮のない感嘆の声を大胆に辺りに響かせた。 女神の神経は、さすがに瞬よりも はるかに柔軟かつ頑丈にできているらしく、彼女は驚天動地のこの事態に出合っても、瞬のように気を失うことはなかった。 むしろ、 「瞬なら女の子になっても、大して変わり映えしないでしょうけど、一輝が女性になると、なにか鬼気迫るものを感じるわね」 「沙織さん、一輝姉さんの感想はどうでもいいんです。兄さんをどうにかしてください」 「どうにか――って。そうねえ……。私の服じゃ、胸以外はサイズが合わなさそうだし、新しい服が必要ね。すぐ準備させるわ。お化粧道具は要るかしら?」 けらけらと笑って無責任なことを言い放つ沙織の眼前で、一輝は がくりと左右の肩をおとすことになった。 人間が怒りの感情を持続させるには相当のエネルギーが必要である。 それだけのエネルギーは、今の一輝には持ち得ないものだったのだ。 『男は強くあらねばならない』という明治時代の男のような信念によって その強さを維持しているようなところが、一輝にはあった。 だが、今、彼の強さの根拠は、運命のいたずらによって ものの見事に瓦解して果てたのである。 ここでアテナに深刻な顔をされても、一輝としては いたたまれない思いを味わうことになるだけだったろうが、楽しそうな笑顔や笑い声が人の心をなごませるものとも限らない。 事実、一輝の心は、アテナの笑い声によって、更にすさんだだけだった。 「だ……大丈夫ですよ。あんなこと言ってても、沙織さんはちゃんと対応策を考えてくれますから」 兄の気持ちを浮上させるべく 必死になって言い募る瞬にしても、自分の言葉に100パーセントの自信を持っているわけではなかった。 |