「アンドロメダ島にいた時には――アンドロメダの聖衣を手に入れた時にさえ、僕は僕の先生の言う強さがどういうものなのか わからないままだった。日本に帰ってきて、星矢たちと一緒に戦っているうちに少しずつ、僕は先生が言っていた“本当の強さ”がどういうものなのかが わかってきたんだ。僕の仲間たちは本当に強い――って」

噛みしめるように そう言う瞬に、星矢が困惑したような顔を向ける。
いつも大抵の敵と紙一重の差で勝利を収めてきた星矢には、そうまで言ってもらえるほどの強さが自身に備わっているという意識はなかったのである。
無論、ここで瞬に『星矢は弱い』と言われていたら、彼は即座に仲間に反論していっていただろうが。

理解不能の目をしている星矢を見て、瞬は嬉しそうに笑った。
「星矢には嫌いな人がいないでしょ? たとえ自分の命を奪おうとしている敵でも、多分、星矢は、その敵を嫌ったことがない」
「そりゃあ……そりゃ そうだけどさ。でも、敵って普通は突然現われるじゃん。で、すぐバトルが始まる。そしたら敵を嫌ってる暇なんかないだろ」

瞬の言うことは、確かに紛れもない事実だった。
が、それをそこまで崇高な行為だと思うことは、星矢にはできなかった。
突然目の前に現われる、人となり どころか名前も知らない相手を、いったいどうすれば嫌いになることができるというのだ。
そして、少しでも相手の人となりを知ってしまったら、人は誰も悪心だけでできているものではないのだから、彼(彼女)を嫌うこととは なおさら難しいことになる――。

「星矢には理解できないかもしれないけど、人を瞬時に嫌うことのできる人は多いみたいだよ。自分と立場を異にする者だっていうだけのことで、その人を嫌ってしまえる人は、多分、この世界に相当数存在する」
星矢に理解できないことを説明している間、瞬はひどく明るく晴れやかな気持ちでいた。
人のそういう感情を理解できない人間が自分の仲間であることが、瞬には嬉しくてならなかったのだ。

「相手を嫌うことで自分の心を守ろうとするような 哀しいことを、星矢たちはしない。僕は、そんな星矢たちが僕の仲間なことを誇りに思ってるんだ」
「……なんか よくわかんねーけど、照れるなー」
瞬の言わんとするところを完全に理解することは、人を心から嫌った経験のない星矢には 最初から無理なことだった。
ただ 瞬が理由もなく彼の仲間たちを称賛しているのではないことだけを理解して、星矢は大いに照れることになった。
瞬の言う理屈はわからなかったが、“仲間に誇りに思ってもらうことのできる男”というものは、星矢の価値観では、それこそ“最上の男”ということだったのだ。
理屈はわからなくても、これ以上の賛美の言葉はない。

星矢は素直に仲間の称賛を受け入れ、喜び、そして、屈託のない笑顔を作った。
そこに突然、
「俺はおまえが嫌いだ」
という氷河の声が割り込んでくる。
彼の言葉は瞬に向けられたもので、それは『僕の仲間たちは、人を嫌おうとしない真の強さを持っている』という瞬の賛美を、真っ向から拒絶・否定するものだった。
瞬が、自分が何を言われたのか理解できていない顔になり、星矢と紫龍が、彼等の仲間の厳しい言葉に目をみはる。

「氷河……」
氷河に面と向かって『嫌いだ』と言われてしまった瞬は、彼の名を口の端にのぼらせたきり、そのまま人形のように動かなくなった。
そんな瞬を尻目に、氷河がラウンジを出ていく。

「おい、氷河! なんだよ、その態度は!」
瞬に褒められて気をよくしていた星矢は、自分のよい気分に水を差してくれた仲間の態度に腹を立てたらしい。
彼は、ありえない言葉を吐いて、そのまま言い逃げを決め込んだ仲間のあとを乱暴な足取りで追いかけていき、あとには紫龍と瞬が残された。






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