身仕舞いを整えると、瞬はいつものように家を飛び出た。 聖域の外で何か問題が起きているのか、このところアテナは非常に多忙のようだった。 よほどのことがない限り、アテナはアテナ神殿を出ることはなく、今も聖域にいるのだが、最近 彼女は彼女の意を受けた者たちを相当数あちこちに派遣している。 アテナの心を煩わせている問題が何なのか、彼女は瞬に語ってはくれなかったが、アテナは今は来るべき時に備えて情報収集に努めているのだろう――と、瞬は推察していた。 戦いで駄目なら、そういった活動でアテナの力になりたいと思い、瞬はアテナに助力を申し出たのだが、アテナは瞬に聖域を出ることを禁じた。 結局、瞬は、いつものように黄金聖闘士たちの許に行き、『何か僕にできる仕事はないか』と尋ねてまわる日々を過ごしていたのである。 聖域にある12の宮。 その宮を守護する黄金聖闘士たちは、平和な時には驚くほど怠惰だった。 もちろん傍目にそう見えるだけなのだということは、瞬にもわかっている。 その強大な力を得るために費やした時間と努力が、現在の彼等に余裕と自信を与え、それが彼等をせせこましい人間に見せないだけなのだ――ということは。 ともあれ、家を出て、白羊宮から順に、宮の主に用の有無を尋ねながらアテナ神殿まで駆けあがっていくのが、瞬の日課だった。 黄金聖闘士たちは常に自分の宮にいるわけではなく、時期によっては留守の宮も多い。 とはいえ、アテナのいる聖域を、黄金聖闘士全員が出払っていることは滅多になく、大抵はいずれかの宮で誰かが瞬にその日の用を言いつけてくれた。 だが、最近は、アテナ神殿に続く12の宮を守護する黄金聖闘士が自らの宮にいないことが多かった。 彼等が彼等の宮を離れるには、アテナの許可が必要なので、彼等が聖域にいないということは、彼等がアテナの指示で聖域の外に出ていると考えて、まず間違いはない。 だから、アテナは多忙なのだろうと、瞬は察していたのである。 今日は白羊宮から獅子宮までが無人だった。 そして、6番目の宮――処女宮。 乙女座バルゴのシャカが守護する宮の前で、瞬はふと立ち止まったのである。 この宮を守護する黄金聖闘士は、驚くほど自信家で、人離れした人物だった。 瞬は、彼がアテナと黄金聖闘士以外の誰かと口をきいているのを見たことがない。 自分たちが彼に見下されていると感じるのか、あるいは、彼の持つ尋常ならざる力を恐れているのか、聖域を守る兵たちの中には彼を敬遠している者も多かった。 が、瞬は、人が言うほど彼をとっつきにくい人物とは思わなかったし、恐れを感じることもなかった。 非力な自分には彼の強大な力を感じ取ることができないから、彼を恐れる気持ちも湧いてこないのだろうと、瞬は思っていた。 その処女宮の脇にある沙羅双樹の苑に足を踏み入れる。 瞬が知る限り、そこは聖域で最も緑の多い場所だった。 雑草も容易に息づけないほどに渇いたギリシャの大地。 にも関わらず――どういうわけか、沙羅双樹の苑は、常に土も石も見えないほどの緑で覆われていた。 苑の中央に、まるでこの宮の主のように、大きな木が1本だけ立っている。 仏陀が入滅した時、時ならぬ白い花を咲かせたと言われる沙羅の木。 もちろん、その木は今は花をつけていない。 宮の主は息災なのだから、当然ではあるのだろう。 瞬が夜毎の夢で見る緑の庭と同じ色でできた苑が、そこにあった。 「でも、ここじゃない。あの庭には、もっと いろんな木や花があったし……それとも何年か前には、ここもあの夢の通りだったのかな」 瞬は聖域を出たことがない。――と聞かされていた。 聖域内に限れば、夢で見る庭に最も近い姿をした場所はここだと思う。 だが違うのだ。 ここには確かに緑があふれているが、瞬がその姿を隠すことができるような樹木は1本しかない。 |