ヒョウガに知らせるつもりはない――。
そう思いながら、本当に知らせてはならないのかどうかを確かめずにはいられなくて、シュンはそれ以後もヒョウガの許を訪ね続けた。

「兄が都に戻ってしまったので、心細いんです」
「ヒョウガは我が国で最も領地経営に成功している領主だと聞きました。その秘訣を教えてもらいたいの」
訪問の理由は、いくらでも思いついた。
そんな理由など用意しなくても、ヒョウガがリビュアの新しい領主の訪れを喜んでくれていることは、シュンにはわかっていたのだが。

もちろんヒョウガは、シュンの訪問を心から喜んでいた。
そして、毎日のように隣りの領主の館を訪ねてきてくれるシュンに、彼は淡い期待を抱かずにはいられなかった。
初めて恋を知った子供のように胸をときめかせながら、ヒョウガはシュンがやってくることを心待ちにしていたのである。
こんなに頻繁に自分の許を訪ねてきてくれるからには、シュンは 少しは俺を好きでいてくれるのだろうか――と。

家人には体裁を繕って、
「リビュアとスキュティアの民が平穏に暮らせるようになるのも、そう遠いことではないかもしれないぞ。丁重にもてなせ」
などと言いながら、以前より格段に身なりに気を遣うようになったヒョウガに、セイヤたちは、彼等の主君に呆れ果てている態度を隠そうともしなかった。

「いい歳して、浮かれちゃってまあ」
そんなセイヤのからかいも耳に入らない。
否、耳に入っても、ヒョウガは反論することができないらしかった。
つまり、セイヤの言葉通りに浮かれている自分を自覚できているせいで。

「ヒョウガは、世間的には、恋に浮かれていても まだまだ許される歳だろう。それに、あの子――シュンといったか? あの子も思ったより すれていないようだ。宮廷風も吹かさず、言動も自然で嫌味がない。頭がよくないと、ああは振舞えないぞ」
「そうだ、そうだ。シリュウの言う通り」
シュンを肯定する意見なら何でも嬉しいらしいヒョウガが、仲間の言葉に繰り返し大きく頷く。

「まあ……ヒョウガに悪影響 与えるような子じゃないみたいだし、シリュウがそう言うなら大丈夫なんだろうけどさあ」
傍で誰が何と言おうと、当の本人がシュンに夢中なのだから、第三者に対処の術はない。
セイヤも結局は この事態を黙認するしかなかったのだが、ともかくスキュティアの領主が重篤な恋の病に陥っているのは事実だった。






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