「それは冗談としても――『我々には、“正義と平和の実現”という確固たる理想があり、敵である神を倒す力もある。なのになぜ平和を実現することができないのか』と、彼等は不思議がるのよね……」 わかりきったことを、聖闘士の中でも最高位の黄金聖闘士たちがまるでわかっていない現実が、沙織を疲れさせ、空しい気持ちにさせたらしい。 星矢たちは、彼女に大いに同情した。 「どーでもいいけど、黄金聖闘士たちって神を倒したことなんかないじゃん。青銅聖闘士にできることが黄金聖闘士にできないわけはないとでも思ってるのか? それってアホじゃね?」 至って軽い口調で辛辣な言葉を吐く星矢に、瞬が僅かに眉根を寄せる。 「黄金聖闘士を阿呆だなんて……もう少し言葉を選んだら? 目上の人に対して失礼だよ」 そう星矢をたしなめてから、瞬は疲労困憊気味の沙織の方に向き直った。 「でも、僕も、黄金聖闘士たちに地上の平和を実現することは無理だと思います。彼等は確かに強大な力を持っているし、確たる理想も持ってるけど――彼等は、ただそれだけの人たちでしょう」 「瞬。おまえがいちばんきつい」 言葉が丁寧なら内容は辛辣でもいいのかと、星矢は渋い顔になった。 「だって……冥界のジュデッカで、シャカは、ハーデスに憑依されている僕を問答無用で殺そうとしたんだよ。我が身可愛さで言うわけじゃないけど、彼等は平和の実現のために最も大切なことが何なのかっていうことが、全然わかってないと思う」 言葉は乱暴でない上、言っていることは事実なのだから、星矢もそれ以上は反論のしようがない。 むしろ彼は、瞬に賛同することになった。 「アイオリアは、何かっていうとすぐに『えーい、面倒』だしなー」 「我が師も、十二宮の戦いの時には、天秤宮でも宝瓶宮でも、俺の話をろくに聞かず、俺を氷づけにしたり、倒そうとしたりしたな」 「老師は違うぞ。老師は、平和の実現のために何が大切なのかということをちゃんとわかっている――と思う」 目上の人を立てる儒教精神が身についている紫龍が――紫龍だけが、生真面目な口調で恩師を弁護する。 その彼とても、自らの意見を断言することはできない。 恩師を尊敬している紫龍にも、現実は見えてしまっているのだ。 「それはどうかなあ。老師もムウも、俺たちが聖域に行くまで、ずっと聖域を離れて隠遁してたんだろ。所詮は黄金聖闘士だよ」 星矢に客観的事実を提示され、その事実から導き出される結論を突きつけられると、紫龍には もはや恩師弁護のための弾がなかった。 「ヒヨッコのあなたたちでさえ、黄金聖闘士たちに欠けているものが何なのかがわかっているっていうのに、当のおっさんたちは――」 女神アテナの嘆きと不安は深く大きい。 だが、こればかりは、青銅聖闘士たちにもどうすることもできなかった。 「おっさんたち、無駄に強いのが災いしてるんだよなー」 「自分たちより強い人間に会ったことがないんだから、仕方がないんじゃないか」 「彼等、僕たちに負けたことなんて、すっかり忘れてるみたいだしね……」 悪気のない眼差し、非難の色の全くない声で、最も辛辣な皮肉を言うのは瞬だった。 瞬自身は皮肉を言っているつもりはなく、また、実際に瞬は事実を言っているだけなのだということがわかっているだけに、他の三人の笑いが乾いたものになる。 「あ、そうだ。いい考えがありますよ」 「どんな?」 アテナにその提案をしたのは、あくまでも どこまでも悪気はなく、黄金聖闘士たちを優しい気持ちで哀れみ、彼等の自覚を素直な思いで望んでいる、瞬その人だった。 「ギリシャ神話でなくて申し訳ないんですが、バベルの塔の話を知ってます?」 「ええ」 「あれと同じ手を使ってみたらどうでしょう」 瞬はもちろん、黄金聖闘士たちを尊敬していた。 彼等の欠点が見えなくなるほど盲目的に信奉しているわけではなかったが、その代わり、彼等の欠点をも含めて 確かに彼等を尊敬し、彼等がより良き道を歩み、実り多い人生を送ることを、瞬は心底から願っていた。 だからこそ、彼等のために、瞬は そのアイデアをアテナの前に提示したのである。 そしてアテナは――彼女もまた黄金聖闘士たちのために、瞬のアイデアを採用することにした。 |