いくら氷河でも、それは冗談に違いない――という瞬の希望は、それから5分も立たないうちに見事に打ち砕かれてしまった。
瞬がボタンをつけたYシャツを身に着けた氷河は、いつもなら留めないいちばん上のボタンを律儀に留めると、早速彼のお付き合い相手をデートに誘ってきたのである。
「瞬。用がないなら、これから俺と一緒にどこかに出掛けよう」
「ど……どこに?」

まさか氷河は、同性の戦友と本気で“お付き合い”を始めるつもりなのかと疑いつつ尋ねた瞬への氷河の答えは、
「どこでもいい。おまえと手をつないで歩けるなら」
というものだった。
「手……手をつないで歩くの?」
「当たりまえだ」

どうやら氷河は、全く本気で“お付き合い”を開始し、実践するつもりでいるらしかった。――瞬の手と。
これは、つまり、氷河は瞬の持っている本を借りたいと言っているようなものである。
氷河が付き合いたいのは、瞬自身ではなく、あくまでも瞬の手、なのだ。
これなら、“お付き合い”と言っても、大事にはならないかもしれないのかもしれない。
となれば、通常の“お付き合い”を始める恋人同士のように緊張する必要もないだろう。
そう考えて、瞬は、『積極的に』とは言い難かったが、とりあえず氷河とマーマの手の“お付き合い”に付き合うことにしたのだった。

美術館、博物館、映画館。各種イベント・展示会。そして、食事にショッピング。
今時の普通の恋人同士というものが どんなふうに時間を過ごすものなのかを 瞬は知らなかったが、氷河は、そこがどんなところでも瞬が行きたいと望む場所に、文句も言わずに付き合ってくれた。
どこに行くにも、小学生か幼稚園児のカップルのように、瞬と手をつないで。

最初のうちこそ、瞬は、そんな様子を人に見られるのが恥ずかしくてならなかったのだが、毎日繰り返していると、人はさすがに慣れてくる。
そして、氷河との外出を繰り返しているうちに、やがて瞬は気付いた。

氷河がボタンつけを嫌がるのは、あくまでも彼がそれを男の仕事ではないと思っているせいであり、彼はすべてにおいて面倒くさがりな男でもないということに。
氷河は、彼が男の仕事と思っていることは、実にそつなく――というより、むしろまめに――こなす男だった。
そういう面での氷河の気配りは行き届いていて、ほぼ完璧。
その上、どこに行っても人目を引く容貌と、無駄も隙もない身のこなし。
普通の女の子なら、その少女はさぞや良い気分で氷河とのデートを楽しむことになるに違いないと思いながら、瞬は、氷河との外出を重ねることになったのである。






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