「俺の望みを叶える気になったか?」
瞬を喘がせ、泣かせ、悲鳴をあげさせたあとに、氷河は必ず瞬に尋ねてきた。
もし自分に本当にそんな力が与えられているのだとしても、氷河の望みも他の誰の望みも叶えないと決意した瞬が、唇を引き結ぶ。

おぞましいことに、瞬は、氷河と身体を交えるごとに、その行為に慣れ、快さを覚えるようになってきていた。
これが 誰かのものになるということであるはずがないと思っていたのに、瞬の身体は、確かに氷河のものになりつつあった。
彼に触れてもらうためになら、何でもしたい気持ちになる。
だが、だからこそ瞬は、氷河の望みを決して叶えたりはすまいと、心に決めていたのである。

「どうして氷河がこんなことするの……」
「俺の立場に立たされたら、誰でも俺と同じことをすると思うが」
瞬の下腹を撫でながら、揶揄するように氷河が言う。
「散々俺を喜ばせたあとで訊くことじゃないな、それは。……おまえが俺の望みを叶えてくれたら、おまえには一生贅沢三昧の暮らしをさせてやるぞ。用は済んだとばかりに、おまえを放り出したりもしない。俺はそんな恩知らずじゃないし、おまえのここは素晴らしい」

「んっ……」
氷河を受け入れさせられたばかりだったそこは、彼の指をたやすく呑み込む。
瞬の肉にもみくちゃにされる指を 瞬の中で動めかし、氷河は瞬を喘がせた。
そんな瞬の顔を覗き込み、氷河があざけるように笑う。

「しかし、ハーデスも皮肉な呪いを。おまえ自身は何を望んでも叶えられないとは」
「あ……あなたは僕の知っている氷河じゃない。僕の氷河は……」
「誰だって変わるぞ。自分が望む力を手に入れられるかもしれないという夢を、目の前に置かれたら。正義の味方面をしておまえに近付き、おまえを手に入れてから豹変するような奴より、俺は正直者だと思うが。おまえはたやすく人に騙されるタイプだし」
「……」

その通りだったかもしれない。
氷河の言うことは正鵠を射ているのかもしれない。
だが、この地上に生きているすべての人がそうだとは、瞬にはどうしても思うことができなかった。
「変わらない人もいるよ。星矢は変わらなかった」
「星矢ならそうだろう」
星矢の誠意と正義を認めて頷き、だが氷河は最後にはそれを貶めた。

「奴は地上の支配者になることの意味と価値がわかっていないだけだ。力を持たない人間を自分の意に従え、自分は強者だと思えることの快さも、弱い者を見下す爽快も。ああ、おまえのここが素晴らしく具合いのいいこともな」
「ああ……!」

もうその指の遊びをやめてくれと言葉にしてしまえないのは、ここでやめられてしまったら苦しむことになるのは自分の方だということを、瞬が知っているからだった。
そうして、もっと別のものを氷河に求めてしまう自分がわかっているから。
瞬は懸命に、氷河の指と言葉の揶揄に耐え続けた。
そんな忍耐は氷河を喜ばせるだけのことに過ぎないということは、もう瞬にもわかるようになっていたのだが。

「だが、既に力を持っている者にはわかっている。人を支配することの意味と、そうすることによって得られるものが何なのかが。そして怯えている。いつ自分が支配される側の人間になるかと。だから戦い、争う。おまえを手に入れれば、奴等は支配者の不安から解放される。だから奴等は血眼になっておまえを捜し、おまえを自分のものにしようとしているんだ」
「氷河……も? あ……あ……」

「これは聖域の決定でもある。既に武力や権力を持っている者にそんな大層な力を与えることは危険だと、聖域は考えたんだ。おまえの力は聖域のものでなければならないと。おまえの友人だった俺が説得者に選ばれて、こうして他の邪魔者が来ない場所を提供され、おまえを説得することになったわけだ」
これが聖域の考えだというのなら、聖域は、氷河がもし地上の支配者になったとしても、彼がアテナのしもべであり続けると信じているのだろうか――?

疑念を言葉にしてしまうには、瞬の身体は熱を持ち過ぎていた。
瞬の疑念を察した氷河が、
「そうなっても俺はアテナに従い続けるのかどうか、それは俺にもわからん」
と投げやりな答えを返してくる。
「ア……テナが本当にそんなことを」
「ともかく、おまえを聖域以外のいずれかの国が所有することは避けたいようだった。――俺が欲しいか?」
「ああ……っ!」

こんなことをされても、瞬は氷河が好きだった。
だからこの身体は疼くのだと、瞬は今ではわかっていた。
どうして自分が好きな男に地上の支配権を与えないのか、自分でも不思議でならない。
そんな瞬の迷いを察したように、氷河が瞬に酷薄な笑みを浮かべる。
「だが、もうまもなくだ。そろそろ我慢ができなくなってきているだろう?」
そう言って、瞬の中を蹂躙していたものを引き抜く。
瞬は、絶望にでも出合ったかのような悲鳴をあげた。

「急がなくてもいいぞ。一生ここでおまえを説得し続けるのも楽しいだろうから」
挑発するように告げ、氷河が瞬の中に 瞬が欲しがっていたものを突き刺す。
「あああ……っ!」
その時を待ちかねていた瞬は全身をのけぞらせ、更に彼を深く呑み込もうとして、身体を前方に突き出した。

「こんなに気持ちよさそうにしているのに、おまえにはこれが屈辱でもあるわけだ。この屈辱から逃れたかったら、さっさと俺の望みを叶えるんだな。そうすれば、俺は、二度とおまえに触れないと約束する」
「ひょう……が……が、約束を守ると、誰が保証してくれるの……あ……んっ」
「俺が。俺が欲しいのは おまえの持っている力であって、おまえ自身じゃない」
「……」
なぜ氷河はここまで残酷に正直なのか。
その残酷さに傷付けられれば傷付けられるほど、瞬は氷河が欲しくてたまらなかった。

「嫌なら、おまえが諾と言うまで」
正直な瞬の身体を押し戻すようにして、氷河が瞬の奥に身体を進める。
「この監獄から、おまえを出さない」
瞬の身体は歓喜の声をあげ、大きく震えた。

この屈辱からの解放もハーデスの呪いからの解放も、我が身の自由も、今は欲しくない。
自分の肉体ではなく魂が汚れつつあることを――もしくは、弱くなりつつあることを――瞬は自覚し始めていた。






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