なべて物事は、瞬ちゃんに始まり、瞬ちゃんに帰結する。
今回の騒動の元凶(と言うのかしら)は、どうも瞬ちゃんだったらしい。

氷河が私に会わせようとしていたのは瞬ちゃんで、家族ぐるみのお付き合い――というより、私をエサにして、マザコンの気がある瞬ちゃんの関心を引こうなんて さもしいことを考え付いたのも、実は氷河の方。
高校卒業を間近に控え、瞬ちゃんと一緒の学校に通えなくなるからって、氷河は焦りまくっていたみたい。

ところが、肝心の瞬ちゃんは、そんな氷河の卑劣な画策も焦りも 全然知らずにいた。
そもそも瞬ちゃんは、自分が氷河に好意を持たれていることすら知らなかったの。
なのに氷河は、恋の告白も、今日の約束もしっかり済ませたつもりでいたっていうんだから、大笑いよね。

もとはといえば、氷河が、らしくもない小心振りを発揮して、ケータイメールで瞬ちゃんに思いの丈を伝えようとしたことが、すべてのすれ違いの始まりだった。
氷河は、生徒総会の執行の件で緊急に伝えなければならないことがあるとか何とか大嘘をついて、瞬ちゃんのクラスメイトだった星矢ちゃんから、瞬ちゃんのケータイのメートアドレスをゲットしたの。
というか、ゲットしたつもりになってた。

瞬ちゃんのケータイのアドレスを教えろって迫る氷河の態度に不穏なものを感じた星矢ちゃんは、万一のことを考えて、瞬ちゃんのお兄さんのアドレスを氷河に教えたんですって。
氷河に下心があってもなくても、瞬ちゃんに連絡がつくなら、それが誰のケータイのアドレスでも構わないんだからって考えて。
そのアドレスが、『 shun0909@dokkomo.co.jp 』だっていうんだから、瞬ちゃんのお兄さんも かなりのブラコンよね。
あんな可愛い弟なんだから、瞬ちゃんのお兄さんの気持ちはわかりすぎるほどにわかるけど。

そういうわけで。
氷河が意を決して、『君が好きだ』って送ったメールは、いたずらメールだと思われて、瞬ちゃんのお兄さんに即行削除され、今日のお茶会の場所と時刻を伝えたメールは、出会い系の悪質いたずらメールだと思われて破棄され――氷河が瞬ちゃんに送ったメールは、ただの1通も瞬ちゃんの許には届いていなかったというわけ。
今時、マンガでもお目にかかれないような落ちだわ、ほんと。

その上、氷河ときたら。
告白メールに返事ももらえなかったっていうのに、目が合うと瞬ちゃんが頬を染めるから、自分の気持ちは通じてるんだと、すっかり信じ込んでたんですって。
瞬ちゃんはもともと控えめな子だし、恥ずかしがって返事をくれないだけだと思い込んで、二人は相思相愛だと決めつけていた。
我が息子ながら、おめでたいにも程があるわ。
それにしても――今時の高校生は、恋の告白もケータイ電話でするの。
情緒もへったくれもない世の中になったものね。

でも――あの時。
私が、氷河の連れてくる子と会う約束をしたことを瞬ちゃんに話したあの時。
瞬ちゃんが急に泣き出したのは、自分にお母さんがいないことを思い出したからじゃなく――もちろん、それもあったでしょうけど――主たる原因は、氷河に本気で付き合っている子がいると知ったから。
氷河に恋されている幸運な少女には きっとお母さんもいるのに――って思ったら、悲しくて羨ましくて、涙を耐え切れなかったんですって。

瞬ちゃんの許に届いていないメールで、自分と瞬ちゃんは好き合ってるんだと信じ込める氷河は、本当におめでたい大馬鹿者だけど、世の中はもっとおめでたく馬鹿馬鹿しくできてるわ。
だって、そうでしょう。
瞬ちゃんは――瞬ちゃんも、迂闊で粗忽で早とちりな氷河のことが好きだったっていうんだから、この世界は馬鹿げてる。

なんでも、高校に入学する直前の春休み、画材屋さんで大判の麻紙ボードや岩絵具を大量に買い込んだ瞬ちゃんが、よろよろ道を歩いていたら、偶然通りかかった氷河が瞬ちゃんに手を貸してあげて、氷河にみとれた瞬ちゃんが転びかけたら、荷物を抱えた氷河がしっかり抱きとめてあげて――二人の出会いは、そんなふうだったらしい。

その時には名前も名乗らず別れた二人が、次に会ったのは、入学式のステージの上。
新入生代表として『誓いの言葉』を述べた瞬ちゃんを、在校生代表の氷河が『歓迎の言葉』でお出迎えしたんですって。
二人はそこで(全校生徒の目の前よ!)、互いに運命を感じたんだとか。

ああ、もう勝手にしてちょうだい。
そんな出会いが本当にあるのなら、寝坊した男の子がトーストを咥えて学校に急いでて、曲がり角でぶつかった転校生の女の子と恋に落ちるマンガみたいな展開だって、十分にありえる話だわ。
ほんとに、世の中は、馬鹿馬鹿しいほどおめでたくできている。

にしても。
氷河は私の息子なんだから、当然 人と人の美を見る目を持ってるはずで、だから、私は氷河が瞬ちゃんに恋してしまったことを、さほど不思議なことだとは思わない。
でも、それって、つまり、私の息子がゲイだってことよね。
最愛の一人息子がゲイかー……。

こういう場合、母親って、息子の恋に反対するかどうかはともかく、ショックを受けるものだと思うのよ。
でも、その相手が私の超お気に入りの瞬ちゃん。
年収数十億も夢じゃない有望株――なのよねー……。

氷河は、私の鑑定結果が出るのを待たずに、瞬ちゃんと付き合い始めたみたい。
瞬ちゃんは、氷河の絵を描きたいんだけど、今の自分の腕で描ききれるんだろうかって、すごく幸せそうに悩んでる。

私は――私はショックを受けているのかしら?
瞬ちゃんに『マーマ』と呼ばれる日のことを想像して、今からうっとり夢見心地なんだけど。






Fin.






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