地球温暖化の危機が人口に膾炙するようになって久しいが、幸いなことに今年も日本列島には冬がきた。 12月。 さすがに雪はまだ降らないが、木枯らしが吹くことも珍しいことではなくなり、早くもクリスマスムード一色に染まった街を行く人々も厚手のコートを着込むようになる季節。 クリスマスケーキの下見のための外出から城戸邸に戻ったばかりの瞬は、ラウンジのソファの上に全く季節感のない表紙の雑誌が投げ置かれていることに気付いて、渋い顔になってしまったのである。 「やだ、この本、片付けてって言っといたのに」 雑誌の表紙は、恒星が白色矮星になる様を描いたらしいCGイラスト。 それは、昨今の急激な科学の進歩に追いつかれ、ジャンルとしての存在が怪ぶまれているSF――サイエンス・フィクション――をメイン・コンテンツに据えた、どちらかといえば少々マニア向けの雑誌だった。 瞬がその雑誌を目にしたのは、彼が外出の前にコートを羽織り、このラウンジにやってきた時。 読んでいたのは氷河で、瞬は、氷河にしては珍しいチョイスだと意外の念を抱いたのである。 瞬の外出のお供をしたい素振りを見せた氷河に、瞬は、 「じゃ、一緒に行こ。本はちゃんと片付けてね」 と言い、氷河はその言葉に確かにしっかりと頷いたのだ。 その本が、4時間後の今も片付けられずに、同じ場所にある。 たくさんのケーキを見たあとで機嫌のよかった瞬は、その本のせいで、途端に口をへの字に曲げることになってしまったのである。 「氷河、読んだ本はちゃんと片付けてって言ったでしょ。すぐそこにあるラックに入れればいいだけなのに、どうしてそんな簡単なことができないの」 自分でも子供を躾けようとする口うるさい母親のようだと思ったが、こまめに注意しないと、氷河は、本だけでなく脱いだ上着や空になったコーヒーカップ、果ては、瞬のために買ってきたケーキまで、どこにでも置きっぱなしにしておくのだ。 瞬が美しい部屋で過ごし、おいしいケーキを食する機会を失わない生活を維持するためには、氷河の躾は必要不可欠の重要事だった。 「俺はちゃんと片付けたぞ」 「え?」 どうしてそんなすぐにバレる嘘をつくのかと思いつつ、瞬が 氷河が指し示したラックの方に視線を向けると、確かにそこにはあの季節感のない表紙の雑誌が1冊、きまり悪そうに収まっていた。 「あ、それ、一輝の本だぜ」 瞬が掻き集めてきたクリスマスケーキのちらし兼予約票の束の厚さに目を丸くしていた星矢は、遅ればせながら氷河が濡れ衣を着せられていることに気付き、瞬に真犯人の名を告げた。 「兄さんの? 兄さんが帰ってきてるのっ !? 」 瞬の顔がぱっと明るく輝く。 対照的に、氷河は渋面になったのだが、もちろん瞬はそんなことには気付かない。 「ああ、小1時間ほど前に」 「どこっ」 「さっきまで、そこでその本読んでたけど、部屋に戻ってるんじゃないか」 「まだいるんだねっ!」 兄の帰還と在宅を知ると、瞬は彼らしくなく星矢に礼も言わずに、ラウンジを飛び出ていった。 その勢いに、星矢が、大仰に肩をすくめる。 「滅多に帰ってこないとは言え、兄貴に会えるのがそんなに嬉しいもんかね。美人のねーちゃんとかいうならともかくさー」 呆れたようにぼやいて振り返ると、そこにあったのは氷河の不機嫌を極めた顔。 星矢は再度、肩をすくめることになった。 美人でも“ねーちゃん”でもない兄の帰還を喜び 礼節を忘れる瞬も瞬だが、滅多に帰ってこない瞬の肉親を歓迎する振りの一つもできない氷河も氷河である。 嘘でも一輝の帰還を歓迎して見せればいいのに――と、星矢は至って気楽に思った。 いずれにしても、『触らぬ神に祟りなし』である。 星矢は、不機嫌そのものといった様子の氷河をあえて無視し、あくまでも どこまでも紫龍に向かって語りかけた。 「もう少し ずれれば、クリスマスや正月なのに、なんでこんな中途半端な時に帰ってくるのかな、一輝の奴は」 星矢がそこまで気を利かせたというのに、星矢の疑念に答えたのは紫龍ではなく氷河の方で、しかも、その答えは星矢にも さほど的外れとは思えないような真っ当な答えだった。――意外にも。 「狙ったようにイベント時期に帰ってくるのは格好が悪いと思っているんだろう」 「そういうもんなのか? クリスマスや正月に一輝がいたら、瞬も喜ぶのに」 「全くだ。瞬のために、その“格好の悪いこと”をしてやればいいのに、あの馬鹿兄貴ときたら、自分のカッコつけの方が大事なんだ」 「おまえにしちゃ寛大なオコトバじゃん。いればいたで、邪魔者扱いするくせに」 一輝のすることなら何でも気に入らない男の言葉など、とてもではないが信が置けない。 星矢はそう思った。 しかし、紫龍の意見は少々星矢のそれとは違っていたのである。 「瞬のために あえて格好の悪いことをやってのけている男の言葉には、さすがに重みがあるな」 龍座の聖闘士はそう言ったのだ。 それは、決して氷河の言動をけなしたものではなかったのだが、氷河は自分の心を他人に見透かされることを好まなかったらしく、それでなくても不機嫌そうだった顔に、更に不快の色を濃くした。 |