「ヒョウガ!」
敵に捕らえられ、ローマに生殺与奪の権を握られてしまったというのに、シュンはひどく嬉しそうだった。
彼を牢に連れてきたローマ兵がいなくなると、途端に、それまで俯かせていた顔をあげ、弾んだ声でヒョウガの名を呼び、その名の持ち主に抱きついてくる。
5、6人分の粗末な木の寝台の他には何もない狭い牢内に そんな場所があるはずがないというのに、セイヤは、感動の再会を果たした二人の横で 逃げ場を探すことになってしまったのである。

「おまえには村と砦の守備の指揮を任せておいたはずだ! なぜ、こんなところにいる!」
抱きしめ返したい心を懸命に抑えて、ヒョウガがシュンを叱咤する。
ヒョウガは シュンには安全なところにいてほしかったし、シュンが安全な場所にいることこそが、この事態打開のための唯一の突破口だと信じてもいた。
シュンまでが王と同じ牢に閉じ込められてしまったのでは、外からの救援は全く期待できないことになるではないか。
ヒョウガが本気で責めているわけではないことがわかっているので、シュンはヒョウガの怒声にも涼しい顔をしていたが。

「村は長老様方に任せてきたの。戦闘じゃなく保身なら、決断の遅い長老様方でも対処できるでしょ。ローマ軍からの降伏の使者を、3日間のらりくらりとかわすようにって言ってきた」
「シュン……」
「わざと捕まったの。軍の指揮官であるヒョウガがいないんじゃ、ブリトン族は何もできない。僕には戦いの指揮はできないし――どうにもならないから、連れ戻しに来た」
そう言って、シュンが編み上げのサンダルの紐の中から取り出したのは、火薬と小さな鉄ヤスリだった。

「脱走は明後日。夜陰に紛れて逃げるから、セイヤ、それまでに少しでも あの窓の格子を弱くしておいて」
サンダルから取り出したものをセイヤに手渡して、シュンが牢の北側の壁の上部にある格子窓を指し示す。
それは、子供がやっと抜け出せるほどの大きさしかない窓だったのだが、シュンはそれを火薬で広げるつもりでいるらしい。

「俺の仕事かよ!」
一方的な指図にセイヤが文句を言うと、シュンは、実際には悪気でいっぱいのくせに全く邪気がないように見える笑顔を、セイヤに向けてきた。
「だって、僕は、虜囚の辱めを受けて傷付いたヒョウガの心を慰めてあげなくちゃならないし、ヒョウガは僕に慰められるのに忙しくて、他の仕事にまで手がまわらないもの」
「あのなー……」
大胆なくせに用意周到なシュンは、この状況を作るためにわざとヤスリを1片しか持ってこなかったのだと、セイヤは確信したのである。






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