やっとヒョウガに会うことができる。 司令官の従卒の同伴までは拒めなかったが、ともかくヒョウガのいる牢に入ることを許されたシュンの胸は、安堵と期待に弾んでいた。 ヒョウガに会うことさえできれば、自分はもう出口の見えない迷路をさまよい続ける必要はなくなるのだと、シュンは信じていたのだ。 が、そんなシュンに投げつけられたヒョウガの言葉と声は、シュンには信じられないほどの憎悪と蔑みに満ちていた。 「触るなっ」 ヒョウガにすがりつこうとしたシュンに、ヒョウガはそう言ったのだ。 「ヒョウガ……」 その冷たい感触に、シュンが息を呑む。 ヒョウガの冷たい拒絶の訳は、すぐにわかった。 シュンがローマ人だと、あの司令官はヒョウガに知らせてしまったものらしい。 「ローマの貴族――あの司令官の弟だと! 汚らわしい!」 「ヒョウガ!」 なぜヒョウガがそんなことを言うのか、ローマの軍人だけでなくヒョウガまでが、これまで“シュン”が生きてきた時間を否定するというのか――。 シュンにはヒョウガの冷たさが信じられなかった――納得できなかったのである。 二人で過ごしてきた十数年間が、こんなにも簡単に消し去れるものだったなどとは。 しかし、ヒョウガの冷淡は当然のこと。彼は、何よりもまず、ブリトン族の王だったのだ。 「俺たちの村が、夕べローマ軍の焼き討ちに合って、住民は皆殺しにされたそうだ。おまえの兄の命令で」 「うそ……」 初めて知らされた その事実に、シュンは蒼白になった。 では、ローマ軍の陣幕の昨夜の奇妙なざわめきは、ブリトン族の村を襲うためにローマ兵が動いていたためのものだったのだと、今更気付いても詮無いことに思い至り、自身の迂闊にシュンが唇を噛む。 「知らずにいたとは、さすがはローマ貴族。ローマ人はいつもそうだ。奴等は、野蛮人の悲惨も苦渋も知らずに、自分たちの享楽にふけっている」 「僕はローマ人なんかじゃ……」 「ローマ人になるしかないだろう。あの兄とローマに帰るしか。おまえの帰るべき場所は失われた。おまえと、おまえの兄のせいで」 「ヒョウガ、ごめんなさい。あ……あ、でも僕は――」 「あの男のために謝るのか? おまえはやはりローマの側の人間なんだな」 「ヒョウガ……!」 そうではないことは、ヒョウガにもわかっているはずだった。 だが、彼を責めることは、シュンにはできなかった。 ブリトン族の王が彼の民を失ったのだ。 こんな時に、敵の血を引く人間の心を思い遣ることを望むのは、無体というものである。 それでも、シュンはヒョウガにすがらないわけにはいかなかったのである。 せめて、彼と共に、彼と同じ嘆きを嘆きたかった。 幸い、シュンの心を察することができないほど、ヒョウガは判断力を失ってはいなかった――らしい。 「わかっている。おまえのせいじゃない。だが――」 涙に濡れているシュンの瞳を見詰め、彼はシュンに告げた。 「だが、二度とおまえの顔を見たくないんだ、シュン」 「ヒョウガ……」 それが怒りに任せた怒声であったなら、シュンは、持てる力のすべてを使って、ヒョウガの決意を翻させるために努めていただろう。 だが、ヒョウガの声に激した色は全くなかった。 それが、彼が考えに考えを重ねた末に辿り着いた彼の答えなのだということを、シュンは認めないわけにはいかなかった。 これではもう、ヒョウガの心を変えることはできない。 燃えるような憎しみの色をたたえた瞳のヒョウガに牢の外に押しやられ、シュンはふらふらと覚束ない足取りで歩き始めた。 自分がどこに向かっているのかは わからない。 ただヒョウガの怒りと悲しみを少しでも和らげるために、ローマ軍司令官の弟は彼の視界にとどまっていてはいけないのだと、それだけが今のシュンにわかる唯一のことだった。 |